モーリス・ベジャール・バレエ団『バレエ・フォー・ライフ』『愛、それはダンス』



Bajart Ballet Lausanne, Ballet For Life and Best of Bajart

モーリス・ベジャール・バレエ団の来日公演に感激した。

『バレエ・フォー・ライフ』は日本でも98年、02年と上演され大きな反響をよび、海外への“追っかけ”までいる人気作。その卓抜さを改めて語るまでもないだろう。ベジャール一流の“愛と死と再生”というテーマ、ジョルジュ・ドン、フレディ・マーキュリーに捧げられた若さと生への限りない愛惜は、掛け値なしに素晴しい。しかし、以前観た際には大いに感動するとともにひとつ不満を覚えた。それは、ラストの「ショー・マスト・ゴー・オン」。作品としては完結したあと、暗闇にベジャールが現れ、駆け寄るダンサーたちを抱擁する。いくらなんでもやりすぎではないかと思った。熱狂する客席とは裏腹に、少し醒めた気分を味わったのだ。

畏敬する知人の編集者によれば、この場面は、駆け寄るダンサーたち=不世出のベジャール・ダンサーであったドンの子供たちであり、「君も、ドンなんだよ、私のドンなんだよ」と抱きしめることに意義があるという。その後、皆が肩を組んで客席に向かい前進すること以上に。なるほど、それはよくわかる。これがなければ作品の収拾がつかないのも事実。けれども、やはり、舞台演出としては反則に近い、と筆者には感じられた。作品自体の枠を越え、そこの部分だけ突出、暴走。みるものに異様なまでのカタルシスを与えるのが危険だと思ったからだ。

今回、「ショー・マスト・ゴー・オン」には、体調不良で来日にドクター・ストップがかかったベジャールに代わりジル・ロマンが登場した。本来の演出意図とは異なる意味を持ってしまったけれども、このラストが、舞台=ダンサーの生=我々の人生にダイレクトにつながってくるものだと素直に受けとめられ、心に沁みた。やはり、舞台に対しては、驕りや偏見を排し、曇りなき眼で向き合わねばならない。今では、ベジャールのなかでももっとも好きな作品のひとつである。

『愛、それはダンス』は、まさに、“ベジャールのすべて”。『春の祭典』『ロミオとジュリエット』から『ギリシャの踊り』『わが夢の都ウィーン』、近作の『バレエ・フォー・ライフ』『海』ほかを老練の手腕で連ねた、ベジャール美学の金字塔である。

オールド・ファンには懐かしく、遅れてきたファンにとっては、初期、中期の作品が抜粋とはいえ観られる得難い機会。『ロミオとジュリエット』の主人公を軸に、フレッシュな感性をもったダンサーたちが舞台を彩る。ストラヴィンスキーからクイーン、U2まで自在に使いこなすベジャールの音楽性には今更ながら驚きを禁じえない。『ロミオとジュリエット』にベルリオーズを使うという発想は今なお新鮮。そして、上半身の動きに特徴のあるいわゆる“ベジャール振り”から、近年の、滑らかに、伸びやかに空間を支配し、観るものに心地よさを与えるものまで、振付の変遷を目の当たりにできるのも興味深い。新作の『二つの大戦の間』には、『ロミオとジュリエット』で「戦いをやめて恋をせよ!」といわせた稀代の振付家の、今日の世界の状況に対する静かな異議申し立てが感じられる。

ベジャールは永年、意欲的に創作活動を続け、膨大な作品を残し、年とともに作品世界を押し広げてきた偉大な存在だ。その点において、二十世紀バレエの巨匠のなかでも、美術のピカソ、映画のヴィスコンティに匹敵、いや凌駕するくらいの天才ではないだろうか。『愛、それはダンス』は、ベジャールの舞踊人生をあたかも舞踊の神が祝福しているかのような不滅の輝きを放っている。

ベジャールは過去の作品に固執するようになった、創作意欲が衰えたといった批判・悪口も耳にする。しかし、それは、浅はかな認識だ。パリ・オペラ座バレエ、東京バレエ団ほかの水準の高い上演により過去のレパートリーが蘇えり、永遠性を獲得した。自身のカンパニーでは、若いダンサーを用い、エネルギッシュに作品を生み出している。今回上演された2演目を、昨年6月、ベルリン国立バレエ団が日本で上演した『ニーベルングの指環』、10月再演された東京バレエ団の『M』と続けてみてみると、ベジャールがいかに凄いかよくわかる。

ニーベルングの指環』は、『孤独な男のためのシンフォニー』以来、“舞踊の世紀”をリードした巨匠の集大成。肉体の存在感、哲学性、演劇的企みなどを駆使した、ベジャール美学の大いなる円環の到達といえる。ドンの死後に創られた『M』は、三島という、老いを拒否し、死に魅入られた男の真実を探求することによって逆に、生の素晴しさ、プリミティブな記憶への憧憬を深めている(『M』がベジャールにとって決定的だということは、評論家/「ダンスマガジン」顧問の三浦雅士さんが指摘している)。大きな円環をなすコスモロジカルな世界から、より根源的で詩的なイメージが転生・変容していく世界へ。『バレエ・フォー・ライフ』『くるみ割り人形』『少年王』『海』、そして、今回披露された『愛、それはダンス』に至る作品群の豊饒さ、イノセントな魅力は比類ない。

最後に、90年代以降のベジャールの仕事を振り返えると、テーマの移り変りに加え、上で触れたように、振付・動きの質感もそれに連動し、変容していること。よりピュアに舞踊美を追求していることを繰り返し指摘しておきたいと思う。

ベジャールの偉大さを改めて実感した公演だった。

(2006年6月15日、21日 ゆうぽうと簡易保険ホール)