総合芸術としてのフラメンコ〜小島章司フラメンコ2007、蘭このみスペイン舞踊公演

銀座1丁目はル テアトル銀座において立て続けにフラメンコ公演を観る機会に恵まれた。小島章司フラメンコ2007「戦火の詩人たち<愛と死のはざまで>」(11月30日所見)と蘭このみスペイン舞踊公演「花がたみ」(11月27日所見)である。
小島は今年で舞踊生活50年。クラシック、モダン・バレエを経てフラメンコ舞踊に出会い66年に単身渡西、やがては国立舞踊団でトップスターとして活躍した。80年に日本を活動拠点と定め、以後精力的に創作を発表。フラメンコと日本の伝統舞踊の融合を試みたり、一連のネオ・フラメンコ、近年ではガルシア・ロルカをテーマにした作品などを制作している。今回の「戦火の詩人たち<愛と死のはざまで>」は<愛と平和三部作>の完結編。恒久の平和を願って創作した詩人たちへのオマージュが八景にわたり描かれる。このところ小島の追ってきた主題であり、その切実さが舞台からも伝わってくる。ほとんど祈りといっていいほどに。現在最高の人気を誇る舞姫エヴァ・ジェルバブエナ作品なども振付ける著名なフラメンコ振付家バビエル・ラトーレを招き、ソロから群舞まで隙がなく密度の濃い作舞がなされた。音楽監督のチクエロが全曲を書き下ろし、舞台美術も堀越千秋が制作。小島の志向する総合芸術としての舞踊を展開した。日本フラメンコを芸術舞踊として認知させた第一人者・小島にとっても大いなる到達点であろうが、さらに踊り続け、さらにすぐれた作品を創造していって欲しいものである。
蘭は宝塚歌劇団で活躍後、スペイン舞踊家として活動を始め、『日高川』『明烏』等で日本の伝統芸能とフラメンコの融和を行ってきた。「日本人にしか踊れぬフラメンコ」を追及するいっぽう、モダンダンスの清水典人とデュオを発表するなど現代ダンスの分野にも意欲をみせている。今回の公演では、世阿弥作の謡曲「花筐」に材を得た『花がたみ』において歌舞伎の市川段冶郎と共演。物狂いに落ちぶれながらも皇子への思慕を続けついには再会を果たすという展開であるが、和と洋の表現を巧まず溶け合わせることで普遍的な恋の物語へと昇華させようという狙いが見て取れた。公演前半の「スペイン舞踊組曲」では「美しき青きドナウ」にのせ蘭とその門下、コンテンポラリーダンスのRoussewaltzが舞うパートを前後にはさみ、蘭による「ソレア」、蘭とバレエの中田一史による「約束」を上演。美しく優雅に舞ったRoussewaltz、しなやかなテクニックと高い集中力をもったソロで会場の目を釘付けにした中田は、それぞれ縁あって蘭と知り合ったようだ。若い才能を陽の当る場所に出してあげようとする蘭の姿勢は素晴しいが、多ジャンルの気鋭と触れ合うことで自身の創作にも得るものがあるのだろう。公演を通しスタッフは衣装:ルイザ・スピナテッリ、美術:朝倉摂など超一流揃いでもあった。
日本は本場スペインにつぐフラメンコ大国であり、古くから愛好者は多い。だが、芸術舞踊として評価されるようになるのは、黎明期の河上鈴子らの熱意を経て小島や先輩格の小松原庸子らの奮闘を待たなければならなかった。小島と蘭、立場もキャリアも異なる両者であるがその舞台をみて、21世紀の現在、フラメンコが総合芸術として日本のダンスシーンに着実に根付きつつあるのが手ごたえをもって感じられうれしく思った。