「シルヴィ・ギエム、進化する伝説」

抜群の人気と実力を誇る世紀の舞姫シルヴィ・ギエムが2年ぶりに来日、東京バレエ団と共演した。題して「シルヴィ・ギエム、進化する伝説」。東京公演はA・Bふたつのプログラムが組まれたが、ギエムの現在を余すことなく示した刺激的な舞台だった。
近年、古典から離れ、コンテンポラリーに意欲をみせるギエムらしく現代作品が並ぶ。キリアン振付『優しい嘘』(Aプロ)、マリファント振付『TWO』(Bプロ)『PUSH』(A・Bプロ)。『優しい嘘』はニコラ・ル・リッシュと踊る短いデュオである。グレゴリオ聖歌にのせ男女(あるいはそれを超越した存在?)のもたらすエクスタシーの極みは、優雅にしてカッコいい。そして、息をのむように美しい。『PUSH』は2年前にも日本で踊っているが、今回は振付者のマリファントとの共演。薄闇のなか、重力を感じさせない緩やかで静謐な動きが何度かの暗転を挟みつつ延々と続けられる。ギエムとマリファントの、互いの気と気が静かにぶつかり合うが、どことなく親密な関係を想起させ官能的だ。そして、両者の動きの恐るべき精度。緩慢な動きにみえても一切の無駄なものは削ぎ落とされている。ソロ『TWO』には、もう、平伏したくなるような感銘を受けた。04年、バレエ・ボーイズとの来日時にも衝撃を受けたが、前回の世界バレエフェスでは振付を流している(少し変えたのかも)ようにも見え、ギエムの舞台では珍しく失望。しかし今回は文句ないどころか、04年よりも確実に進化(深化)していた。暗闇のなか2m四方程度の空間でパワフルかつクールに暴れまくるギエムは実にじつにカッコいい。その圧倒的なまでの「攻め」の姿勢に、「この人には衰えというものが一生来ないのではないのか?」とすら思わせられる。ムーブメントの斬新さはもとより照明や音楽との緊密なコラボレーションが奇跡的なまでに上手くいっているのも見逃せない。
ギエムはこのほかAプロでは『白鳥の湖』第二幕を、Bプロではノイマイヤー振付『椿姫』第三幕のパ・ド・ドゥを踊った。『白鳥の湖』二幕はアダージョとコーダのみ。淡々とパをこなしていくギエムの演技に情感を感じられないという人もいるだろうが印象論にすぎないだろう。普段、オデットの踊りを観る際、アームスの滑らかさやラインの美しさにばかり気を取られてしまう。ギエムの場合、高々と上げられる6時のポーズは別にしても、脚の表現がなんとも雄弁に感じられた。振付本来の持つ意味を再考させられる。『椿姫』に関しては、昨年の舞台では率直に言ってマルグリットではなくギエム本人にしか見えなかった。今回は病と恋に患う女としてリアリティある演技がみられたように思う。「円熟」などという言葉とはいい意味で無縁の人だと思っていたが、ドラマティックな役柄でも名花と呼ぶにふさわしいような演技を発揮するようになってきた。
果たしてギエムは今後、どこへ向かっていくのだろうか。『PUSH』の後にはアクラム・カーンと組み、今後もマリファント&演劇界の奇才ロベール・ルパージュとのコラボレーションも予定されているという。その動向からますます目が離せないのは確かだ。
ギエムのツアーのもうひとつのお楽しみは、東京バレエ団の踊る現代作品の数々を観られること。久々の再演となったキリアンの『ステッピング・ストーンズ』(Aプロ)はセカンド・キャストで観た。若手中心、踊り手個々の技量に差が見られたが、シャープでいてピンと張りつめた動き、入り組んだ曲線の動きといったキリアンの舞踊語彙を総じてよくこなしていたように思う。佐伯知香、吉川留衣ら女性陣の健闘が印象に残る。同じくキリアンの『シンフォニー・イン・D』(Bプロ)は東京バレエ団の十八番。意想外の動きの連鎖が笑いを誘う。手馴れた、高いレベルの上演であり、中島周、井脇幸江、小出領子、高村順子らの好演が光る。最終日に観たが、上演中、プリンシパルの大嶋正樹が舞台上で骨折。「バキッ」とも「ブチッ」とも聞こえる異様な大きな音がして舞台と客席は凍った(本人が一番悔しいだろうから、いまはとにかく安静に、としかいえない)。アクシデントに見舞われながらも、急遽代役を入れ、考えうる限り破綻の少ない上演を披露したダンサーたちのプロ魂に敬意を表したい。アロンソの『カルメン』(Bプロ)も上演され、タイトルロールは上野水香の日に観ることができた。少女っぽさがあり、もう少し色気があってもいいが存在感抜群、肢体のよさも映えていたし十分満足のいく出来ばえ。木村和夫のホセは少々地味にも感じたがラストでの激情ぶりはなかなかだった。
(2007年12月9、11日 東京文化会館)
※本公演に関してはプログラムに寄稿しました。