2010年1月

1ヶ月間の間に観た公演をおさらいしておく備忘録をはじめます。内容が優れていると同時に一観客として素直に感動できたものに感謝をこめて選ぶというスタンス。ベスト3とは便宜上に過ぎず年間ベスト級に入る水準のものしか挙げないつもりなので該当なしの場合もあればベスト5等になるケースもあるかもしれません。国内団体・個人中心。

特に印象に残る公演・作品3点
・Noism1『Nameless Poison-黒衣の僧』
珍しいキノコ舞踊団『私が踊るとき』
・該当なし

Noism1『Nameless Poison-黒衣の僧』は昨年秋に新潟で初演された金森穣演出・振付による見世物小屋シリーズ第二弾(年末に名古屋で既見)。アントン・チェーホフの小説「黒衣の僧」「六号病室」から想を得たもので、チェーホフ作品の底流にある苦悩を現代に通じる普遍的なものとして捉えています。コミュニケーション不全、無名性のなかを彷徨う現代人の実相を怜悧に抉りとった快作。『人形の家』に続くシリーズ特有のアングラ・テイストに好悪あるでしょう。しかし、その点に気を取られ作品の本質を見誤ってはいけません。人間の精神的領域を身体を通して描く骨太にして知的な創作力は特筆されるべき。わが国の創作者のなかでは圧倒的に抜きん出ているのは疑いないところです。珍しいキノコ舞踊団『私が踊るとき』は、バレエ音楽からジャズ、ラテンにいたるまでの幅広いナンバーにのせて踊る踊る踊る。飽かせることない踊りのつるべうちに全身を解してくれるかのような心地よい時間を過ごせ至福でした。他では、H・アール・カオス×大友直人×東京シティ・フィルによるコラボレーションコンサートが充実していたのは衆目の一致するところ。でも、旧作中心で、2007年の『ドロップ・デッド・カオス』以来の新作自主公演が観たいのが本当のところなので挙げませんでした。大島早紀子のような才人が自主公演を打てず、今回のような企画でも1日限りしか公演できないのが残念。日本の舞踊をめぐる諸状況の貧困さを露にしているといえるのでは。

特に印象に残るアーティスト3人
上野水香(東京バレエ団ラ・シルフィード』の演技)
・橘るみ(金田あゆ子振付『完璧なお城』の演技 於:日本バレエ協会公演)
・廣田あつ子(真島恵理ダンスエマージ『百年の孤独』の演技)

上野水香というプリマは常に予想を裏切りさらなる先端をいつも見せてくれるという点で傑出した素晴しい存在。初めて挑んだ『ラ・シルフィード』のタイトルロールでは、強靭なテクニックを巧みに操りつつ妖精らしい浮揚感を表現し、持ち前のプロポーションのよさを最大限に活かしたポーズの美しさが映えていました。結果として、元来の資質が最良の形で反映されたというべきでは。橘るみは、ロマンティック・バレエの名作『ジゼル』に想を得た異色の創作において、女性の抱く愛憎や悲しみの感情やピュアな愛を雄弁に身体で語って胸に迫るものがありました。中村恩恵とのユニット活動が注目される廣田あつ子はモダン・バレエ的創作を続ける真島恵理作品で抜きん出た表現力を見せて印象に残ります。もっといろいろな振付家の作品や自作を観てみたいダンサーの最右翼のひとり。他では近藤良平とのデュオ『私の恋人(アイジン)』、飴屋法水の演出・構成による独舞『ソコバケツノソコ』と舞台の続いた黒田育世。ことに前者では、近藤との絶妙な掛け合いが興奮と笑いを誘いました。バレエでは、新国立劇場バレエ団『白鳥の湖』においてザハーロワに代わり急遽登板してオデット/オディールを踊った川村真樹。同役を踊った新星の小野絢子の踊りも折り目正しく破綻なくラインがすごくきれいで上出来ながら二役をきっちり演じ・踊り分け、舞台の中心を締めるという主役に相応しい働き・風格という点では経験豊富な川村に分があったように感じました。