ミュージカル『ロミオ&ジュリエット』と「死のダンサー」を踊った中島周

16世紀後半から17世紀初頭にかけて活躍したウィリアム・シェイクスピアの著した戯曲「ロミオとジュリエット」はいわずと知れた名作だ。時代を超えて数々の舞台化や映画化が行われてきたけれども、フランスのジェラール・プレスギュルヴィックが2001年1月、フランス・パリのパレ・デ・コングレで初演したミュージカルは、世界的大ヒットを記録している。世界20数ケ国で上演され、全世界で500万人以上を動員したという。
わが国では、2010年に宝塚歌劇団星組が初演し、続いて雪組で上演。そして、このたび宝塚バージョンを演出した小池修一郎(ウィーン産ミュージカル「エリザベート」「モーツァルト!」等で知られるミュージカル界の重鎮)が日本オリジナル版として潤色・演出を手掛ける舞台が9月7日より赤坂ACTシアターで上演されている。振付はSMAP安室奈美恵のコンサート・ツアーの振付や新上裕也とともに手掛ける『GQ』シリーズなどで知られるTETSUHARU(増田哲治)。これがなかなかおもしろかった。
楽曲がいい。キャッチーだけれども深みがあって耳に残る。脚本も卓越している。ロミオとジュリエットの結婚を皆が知っている。ジュリエットの母が娘に出生の秘密を告白する。原作と異なるが、親に決められた相手と結婚することを強いられたジュリエットが、親との葛藤から反撥し奔放になり命を架して恋を貫く様が痛いほどに伝わってくる。
小池の潤色・演出も冴えている。ヴェローナの街を“腐食し破壊されて行く世界の中で「再生」を目指す”“再生途上の架空の街”と設定する。若い男女の身を焦がすような究極の愛の物語に秘められた、絶望のなかからの再生を描くプロセスが、今の日本のおかれた状況ともリンクしてアクチュアリティがあった。携帯電話やFaceBookといった今の時代のツールも取り込みコミカルな要素も入るが、そういった緩やかさも加え肩の力を抜いて楽しめるエンターテインメントに仕上げる絶妙のさじ加減はさすがだった。テンポよく疾走感ある展開で、あらゆるシアターダンスやストリートダンスを知り尽くしつつそれらを嫌味なく融合させて緩急自在に魅せるTETSUHARUの振付との相性もいい。美術の二村周作、衣装の岩谷俊和含め気鋭の若い感性を取り込み積極的にコラボレートしていく小池の柔軟な姿勢が舞台を深め、おもしろくしているように感じた。
ロミオ役はダブルキャスト城田優と山崎育三郎だったが山崎の日を観た。ジュリエット役はオーディションによって選ばれたようだが、昆夏美とフランク莉奈のダブル・キャストで昆の回に当たった。まっすぐで熱情的な演技の光る山崎、かわいらしく歌も上手く安定している昆には好感が持てる。さらにベンボーリオの浦井健治、キャピュレット夫人の涼風真世、キャピュレット卿の石川禅、ロレンス神父の安崎求、乳母の未来優希ら唄えて踊れるミュージカル界の一線級が脇を固める配役は万全過ぎるほどで心憎い。
そして、このミュージカルの最大の特徴であり、陰の主役といえるのが「死のダンサー」。死という、誰にも避けられない運命に翻弄されていく人々を、ときに遠くから孤絶するかのように眺め、ときにロミオやジュリエットの側に寄り添うようにして死の世界へと導いていく。一切のセリフなしに死という運命を表現し物語を彩っていかなければならない難役であろうが、それだけにダンサーにとっては踊り甲斐、演じ甲斐があろう。今回は中島周と大貫勇輔のダブル・キャストだったが中島の回を観ることができた。
中島の「死のダンサー」には、メランコリックでニヒルな色合いが常に付きまとう。ヴェローナの広場の喧騒を観おろし見渡す際の、この世とは隔絶したかのようなおぼろげで漠としてたたずむ姿のなかに、人類の悲しみ全てを抱えているかのような苦悩を秘めているかのようだ。あまり激しく踊る場はないのだが、繊細な身のこなしと磁力ある存在感で狂言回し役、いやある意味主役ともいえるような大役を手ごたえ十分にこなしていた。大規模な商業舞台でこのような大役を演じるのは初めてだが、ミュージカル畑の観客や関係者に鮮烈なインパクトをあたえることができたのではないだろうか。
中島は東京バレエ団在籍時代、モーリス・ベジャール作品を中心に活躍を見せた。目元涼しげななかにも色気と肉感性があり、身体のラインもきれい。彼が一躍大きな注目を浴びたベジャール振付『ギリシャの踊り』ソロ(東京バレエ団・2003年)では、全身からみなぎる若さと奔放なエナジーを惜しみなく振りまいて、ギリシャの陽光、地中海の潮騒が目に浮かんでくるかのようだった。決して器用なタイプではないが如何なる役に挑むときにも自らの感性のフィルターを通して演じ踊る飽くなきアーティスト魂を感じさせた。東京バレエ団公演のプログラムに紹介記事を寄稿したり、彼の『ペトルーシュカ』(フォーキン版)表題役について批評を専門紙に書く機会もあった。最注目していたバレエ・ダンサーのひとりだった。が、2009年春に東京バレエ団退団後は、あまり目立った活躍はなく、今春、ジャンルを超えたダンス界の猛者が集う痛快なステージ『GQ』で存在感を示してはいたが、ここにきて新境地を開き、一挙に再ブレイクした感がある。
いまから5年前にアート誌「プリンツ21」2006年秋号が「特集・首藤康之」を組んだ。そこに、「首藤康之に続く、次世代の表現者たち」と題する原稿を寄せ、大嶋正樹、古川和則そして中島について解説した。そこには現在バレエダンサーという枠を超え幅広く活躍する首藤のコメントも掲載されており、中島のことを“僕と一番タイプが近いダンサー”と述べている。無論、首藤は首藤、中島は中島。個性も違うし歩む道も異なって当然だ。中島にとって今回の抜擢が次なる飛躍につながることを大いに期待しよう。
なお、同公演は10月2日まで東京で上演され、10月8日〜20日までは大阪で上演される。東京公演はほぼ完売というが、当日券も立ち見券を中心に毎回でるようだ。
ミュージカル『ロミオとジュリエット』公式ホームページ
http://romeo-juliette.com/


ミュージカル「ロミオ&ジュリエット」制作発表会見


GQ Gentleman Quality 新上裕也・佐々木大・中島周よりメッセージ


prints (プリンツ) 21 2006年冬号 特集・首藤康之[雑誌]

prints (プリンツ) 21 2006年冬号 特集・首藤康之[雑誌]