ドイツ・Theater Regensburg Tanz(シアター・レーゲンスブルク・タンツ)の芸術監督として活躍する森優貴、一年目のシーズンを終えて

ドイツ東部バイエルン州レーゲンスブルクドナウ川とレーゲン川の合流近くにあり、古くから水運の要衝として栄えた古都である。日本からの直通便や欧州各地への連絡便が豊富なミュンヘンから列車で一時間半余り。この人口およそ13万人のこじんまりとした街にある市立歌劇場ダンス部門芸術監督に就いたのが森優貴だ。1978年生まれの35歳。日本人が欧州の歌劇場付バレエ&ダンスカンパニーのディレクターになったのは初めてのことだと思われる。異例の人事といっていいだろう。
5月下旬にレーゲンスブルクを訪問した。現在発売中の「バレリーナへの道」Vol.95の「海外だより」にレポートを寄せた。タイトルは「森優貴が芸術監督に就いたTheater Regensburg Tanz ワーグナーをテーマにした『Ich,Wagner.Sehnsucht!(私はワーグナー。憧れ!)&若手創作集『Tanz.Fabrik!』を上演」。文園社社長で「バレリーナへの道」編集長・中島園江さんのご好意による。ご高覧いただければ幸いである。
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なお「バレリーナへの道」最新号刊行直後ニュースサイト「Daily NOBORDER」に演劇・舞踊ライターの高橋彩子さんが2回にわたって森へのインタビューを掲載。就任1年を終えての感想や芸術監督としての仕事、来シーズンの展望や将来のヴィジョンが語られている。森のバックボーンも抑えつつ現在と将来の展望を詳細に聞き出した貴重な記事なので一読をお薦めする。
日本人初!ヨーロッパ公立劇場の舞踊芸術監督になった森優貴 インタビュー[前編](高橋 彩子)
http://no-border.asia/archives/14612
日本人初!ヨーロッパ公立劇場の舞踊芸術監督になった森優貴 インタビュー[後編](高橋 彩子)
http://no-border.asia/archives/14789

森のこれまでの軌跡を振り返っておく。
貞松・浜田バレエ団出身で10代後半にドイツにわたりハンブルク・バレエ学校卒業。卒業公演で名匠ジョン・ノイマイヤーの『祭典』に主演した。卒業後はニュルンベルグ・バレエ団、ハノーヴァー・バレエ/トス・タンツカンパニーにそれぞれソリストとして所属。ハノーヴァー・バレエの解散に伴い2006 年7月にスウェーデンヨーテボリ・バレエへ移籍したが、2007年8月には再び師であるシュテファン・トスのヴィースバーデン・バレエ芸術監督就任と同時に同カンパニーに移籍して活躍した。
2003年から振付家としても活動を開始。 2005年春にはハノーヴァーで開催された第19回国際振付コンクールに出品し『Missing Link』にて観客賞と批評家賞を同時受賞。トスのカンパニーで大作・力作を発表するかたわら日本でも古巣の貞松・浜田バレエ団中心に振り付け提供。同バレエ団の「創作リサイタル」にて発表した『羽の鎖』によって文化庁芸術祭新人賞(舞踊部門・関西)を受賞。同バレエ団に振付けた大作『冬の旅』再演ではバレエ団に文化庁芸術祭大賞(舞踊部門・関西)をもたらした。2008年5月には東京・セルリアンタワー能楽堂で能とダンスのコラボレーション『ひかり、肖像』の演出・振付 を担当し、バレエの酒井はな、能楽の津村禮次郎と共演。同作と『羽の鎖』の再演の成果によって音楽、舞踊、演劇、映像の情報、批評による総合専門紙「週刊オン・ステージ新聞」新人ベストワン振付家に選ばれている。『ひかり、肖像』は、その後パリとブタペストでも上演された。彼の日本における最新作『Memoryhouse』は今年新国立劇場地域招聘公演 貞松・浜田バレエ団「創作リサイタル」でも上演された。世界レベルで活躍する振付者として注目される。

森の率いるTheater Regensburg Tanz は2012/2013シーズンのオープニングを森&シュテファン・トス作品によるミックス・プロ『Zeit.Raum!』で飾る。ダンサーは男女各5名ずつ計10名。約650名の応募者から選ばれたという。国籍はドイツ、フランス、イタリア、ロシア、スペイン、ブラジル、日本。日本人団員は二人。竹内春美はラ ダンス コントラステで踊っていた個性派だが迷いなく振り切れた踊りが小気味よい。井植翔太は法村友井バレエ団出身でクラシック・バレエの基礎が非常にしっかりしており若さに似合わぬ風貌と落ち着きを備えた実力者だ。初年度の年間公演数約57回。コンサート、ガラ公演等への出演を加えると舞台数は65回程度。

昨シーズンは『Zeit.Raum!』のほか生誕200年を迎えた楽劇王リヒャルト・ワーグナーを題材とした『Ich,Wagner.Sehnsucht!』と若手の創作集『Tanz.Fabrik!』を上演。「バレリーナへの道」に寄せたレポートは『Ich,Wagner.Sehnsucht!』と『Tanz.Fabrik!』についてである。今シーズンは森作品と根本しゅん平(クルベリ・バレエ)に委嘱した作品のダブル・ビルで幕開け。来春には森がストラヴィンスキー春の祭典」に挑む。このあたりに関しては高橋彩子さんの取材記事に詳しい。参照いただきたい。

森が師であるトスやマッツ・エクらのヨーロピアン・コンテンポラリー・バレエの系譜を受け継いでいるのは確かである。しかし、作風・キャパシティをそれだけで括れない。『Ich,Wagner.Sehnsucht!』を観ると、登場人物たちのエモーショナルな演技が胸を打つ。ノイマイヤーの直接の影響は受けていないと本人は言うが、チューダー、クランコ、ノイマイヤーの現代におけるドラマティック・バレエの流れとも無縁ではないのは確かだ。そこに森独自の感性が反映されている。『羽の鎖』『冬の旅』などで示した音楽との一体感溢れた振り付けセンスは疑いないしドラマティックなものからアブストラクトなものまで幅広く作ることができる。今後さらなる躍進が期待されよう。東京で上演された『ひかり、肖像』『Memoryhouse』は森の才能の片りんを示したに過ぎないと思う。より彼の才能がフルに発揮された作品の紹介を切望する。
金森穣や中村恩恵は欧州で輝かしいキャリアを誇って帰国、日本のダンスシーンの風穴を空けるべく活躍しているしメディアの賞賛も勝ち得た。後に続こうとしている人もいる。その点、森は欧州の前線で勝負している。異色の存在なのは確かだ。ただ、異国で芸術監督として様々な折衝を重ねつつ創作を行うという激務をこなす才能と経験は他の誰にもないもの。当分の間はドイツでの活動が中心になるだろうが彼の才能が日本のダンスシーンの発展に寄与する機会が増えることを願いたい。