牧阿佐美著「バレエに育てられて‐牧阿佐美 自伝」

バレエに育てられて―牧阿佐美自伝

バレエに育てられて―牧阿佐美自伝

昨秋文化功労者顕彰を受けた牧阿佐美(新国立劇場舞踊芸術監督・牧阿佐美バレヱ団主宰)の自伝「バレエに育てられて‐牧阿佐美 自伝」が刊行された。
牧は日本バレエの先駆者のひとり橘秋子の子女。本書では、その生い立ちから現在までが秘話も交えて平易な語り口で語られる。腰巻裏に惹句があるので、まず、それに沿って紹介しよう。“橘秋子と牧阿佐美のすべて”がわかり、“日本のバレエの流れをその場で体験”するかのように理解でき、“世界のバレエの流れがどんなふうであったか”がわかる。そして、“バレエ教育において重要なこと”がわかり、“バレエの核心である音楽性”がどういうものかが理解できるというもの。惹句に偽りはない。
橘秋子はバレエにおける早期教育を提唱した。優れたダンサーを育て、バレエ界に常に新たな息吹が吹き込まれることで日本バレエの底力がつくという考えである。牧は1954年アレクサンドラ・ダニロワに学ぶため渡米。これも橘が欧米の先端を行くバレエ教育を牧が身に着け、それが日本バレエ界へ広く還元されることを願ったからであった。母の死後、牧はバレエ団を引き継ぎ、橘バレヱ学校、日本児童バレヱ(現・日本ジュニアバレヱ)において児童教育に一層力を入れる。財団法人橘秋子記念財団を設立、バレエ界初の本格的顕彰となる橘秋子賞も設立した。日本の各団体のスターの集う「日本バレエフェスティバル」も開催。日本バレエの発展を願う無私の考えによるものである。さらには母の仕事を受け、日本を題材にしたバレエを創作、自身の名を冠し手塩にかけて児童を育てるAMスチューデントも創立した。八面六腑の大活躍である。
本書プロローグは題して「バレエの申し子」。たしかに、牧は若き日から現在に至るまで日本バレエの歴史を背負ってきたといっていい。ダンサー、教育者、振付家として第一線で活躍してきた牧の語る歴史は貴重だ。生徒を指導するに際して、ひとつの動きの反復でなくアンシェヌマンを重視することで音楽性が育まれ、均整の取れたプロポーションを生み維持できるという考えは、いまでは当然と考えられるが、牧は早くからそれに基づき指導したという。牧がダニロワの元で学び、その成果を持ち帰り普及に勤しまなければ、日本のバレエの発展は10年、20年は遅れていたかもしれない。
日本のバレエの発展に身を捧げた母娘の歴史を知ることは、日本バレエの来し方を知り、そして、その現在、未来を考えるうえでも示唆に富む。本書はバレエ関係者・ファンのみならず日本のバレエの歴史を知りたい人にとっても有益ではないだろうか。