今夏の女性振付家による創作バレエを振り返って〜佐多達枝、矢上恵子、キミホ・ハルバート、下村由理恵ほか

今夏の創作バレエについては折に触れて取り上げてきました。あらためて振り返えると女性振付家の活躍が目につきます。ベテランの充実した仕事、若手の躍進ともに見応え十分。以前の記事と重なる箇所もありますが簡単にまとめておきましょう。
ベテラン中のベテラン佐多達枝は合唱舞踊劇『ヨハネ受難曲』の演出・振付を手がけました。1995年から芸術監督を務めるO.F.C(主宰:柴大元)に委嘱されたものです。イエスの受難を主題としたバッハの難曲をドラマティックに視覚化することに成功しましたが、本作を創作バレエの枠で捉えるだけでは不十分。合唱と音楽と舞踊が一体となった“合唱舞踊劇”を標榜しているのですから。台本・美術の河内連太、照明の足立恒、衣装の宮村泉らスタッフの仕事が今回、驚異的に高い水準にあり、それらをまとめあげた佐多の演出力が圧巻でした。また、佐多は8月に北海道にて新作バレエ『シラノの恋』を佐々木和葉&森田健太郎主演で振付けて好評を博したようです。
関西のバレエ界のカリスマ振付家矢上恵子は松田敏子リラクゼーションバレエ主催「バレエスーパーガラ」において新作『Ado』を発表。矢上自身と福岡雄大、福田圭吾によるトリオ作品です。ノイズ系中心の音楽は矢上の自作曲。ハードでテンション高い動きとめくるめくスピード感が魅力的です。パワフルに押す矢上作品は難渋な現代作品は好まないとされる関西の観客にも受けがよく、今回も会場の反応は良好でした。矢上は今秋、日本バレエ協会「バレエ・フェスティバル」において『BOURBIER』を発表。矢上作品を関東では観る機会は貴重なため、気になる方はお見逃しなく。
若手のトップランナーといえるのがキミホ・ハルバート。今春に大作『White Fields』を発表してファンを増やしたのは記憶に新しいところです。今夏は岸辺バレエスタジオ発表会において『Garden of Visions』を発表しました。2007年のユニット・キミホ旗揚げ公演の際に発表したものを改訂再演。森田真希らとともにジュニア層の踊り手が踊りました。激しく踊る場もあるのですが、総じて踊り手たちの身体からあふれるエナジーがじんわりと空間を充たしていく、そのプロセスが見もの。大きな緑の木のオブジェが印象的に使われ、足立恒の微細な変化に富んだ照明が彩ります。キミホならではの繊細な感受性が抜群の美的センスをもって鮮やかに浮かび上がる佳品でした。
日本を代表するプリマ下村由理恵は振付にも才を発揮。名古屋の松岡伶子バレエ団アトリエ公演においてビゼー交響曲第1番ハ長調」に振付けた『Bizet Symphony』を発表しました(初演は2008年日本バレエ協会「全国合同バレエの夕べ」)。下村は曲調を大切に、音符が踊り、観る者の心が躍るような新鮮な驚きに満ちた舞踊世界を紡ぎます。若手気鋭・碓氷悠太の力強いソロが印象的な第一楽章、ベテラン・大岩千恵子&大寺資二の情感豊かな踊りと余韻が見事な第二楽章、俊英・伊藤優花&市橋万樹らが優美に踊る第三楽章と変化に富み飽かせません。精緻な作舞と踊り心溢れるセンスが絶妙のバランスで同居。音を無駄にせず間然とするところのない見事なシンフォニック・バレエでありながら、そこはかとなく醸しだされるウェットなテイストが特徴といえ、私的には同曲に振付けられたバランシン『シンフォニー・イン・C』よりも好みです。下村の並大抵ではない才能を実感しました。天は二物を与えたもうた…。
他に高部尚子『ロデオ』(於:日本バレエ協会「全国合同バレエの夕べ」)、田中祐子『RAIN』(於:「バレエスーパーガラ」)、松崎えりのギャラリーパフォーマンス『rooms』なども印象に残りました。より本格的な創作活動を期待される人たちです。
女性に限らず、わが国において振付者が本格的創作を発表する場は不足気味。個人でリサイタルを行う場合は莫大な経費を負担しなければならず、一流ダンサーを集めリハーサルを組むだけでも大変な労力を要します。制作条件が恵まれないためか、仕上げのツメが甘くなる場合も。となると、大手の団体に優れた才能を起用してもらうことが望まれるところ。日本バレエ協会では近年、若手振付者に発表機会を与えていますし、島崎徹にいち早く作品委嘱したことで知られる松岡伶子バレエ団や海外著名振付家作品と並んで石井潤や後藤早知子らによる日本バレエ史に残る作品を取り上げている貞松・浜田バレエ団のような団体が懸命な努力をしているのがせめてもの救い。矢上や名古屋の川口節子のような地域で活動する創り手を尊重しつつ各地の団体、そして首都圏においても優れた創作者をより積極的に起用してほしいと思います。