国内バレエ編

東京バレエ団とKバレエの充実
公演数&動員・規模・国際性・一般への訴求力・芸術性といったあらゆる面においてバランスよく高い水準をみせたのが、以下のふたつのカンパニーではないだろうか。
前年からの創立45周年記念のシリーズを打ち上げた東京バレエ団は、物語バレエの最高峰クランコ振付『オネーギン』、アシュトンの異色大作『シルヴィア』を日本のバレエ団としてはじめて初演する快挙を成し遂げた。名ダンサー・小林十市の引退公演ともなった5年ぶりの『M』(ベジャール振付)もあった。ダンサーでは、役に憑依したかのような斎藤友佳理の『オネーギン』、斬新な解釈をみせた上野水香のラコット版『ラ・シルフィード』の演技など。欧州ツアーも行い、創設以来の海外通算公演回数が700回を超えた。今年2月にはベジャールの旧作集『ダンス・イン・ザ・ミラー』を世界初演する。
テレビ局をスポンサーにして公演数と舞台規模の大きさで際立つ熊川哲也Kバレエカンパニーは、全幕ものの新作初演はなかったものの『海賊』『コッペリア』等の熊川版の古典全幕を各地で再演。年末に行った赤坂ACTシアター版『くるみ割り人形』は立見の当日券も出るほどの盛況をみせた。新制作では、中村恩恵ら日本人振付家3人に新作委嘱した「New Pieces」を催している。日本人による創作バレエの発展のための貴重な機会であり、芸術監督・熊川哲也の英断と見識をいくら称揚してもし過ぎることはない。ダンサーでは、熊川のほか荒井祐子の安定感が際立った。
ジル・ロマン「ダンス・イン・ザ・ミラー」を語る

新国立劇場と大手団体
わが国のバレエの中核となるべき新国立劇場バレエ団も恵まれた条件に相応しい規模の大きな活動を行っている。春にはエイフマン『アンナ・カレーニナ』が、秋には新芸術監督ビントレーの『ペンギン・カフェ』等によるトリプル・ビルが話題に。前者に主演した厚木三杏の演技を多くの評論家が賞賛している。ベテランでは山本隆之、新鋭では小野絢子、福岡雄大。ビントレー体制の展開に注目集まるが、前芸術監督・牧阿佐美の10年に及ぶカリスマ的な指導力あっての現在であることを強調しておきたい。
わが国バレエ界の最大組織たる日本バレエ協会(会長:薄井憲二)は、原典に立ち返りつつ独自の演出をみせて説得力あるメアリー・スキーピング版『ジゼル』日本初演(都民芸術フェスティバル助成公演)が意義のみならず仕上がりの面でも大きな成果を挙げた。篠原聖一の引き締まった力作『カルメン』等を上演した「バレエ・フェスティバル」をはじめとする各事業も充実をみせる。2011年は公益社団法人として再スタートする重要な一年と位置づけられているだけに、さらなる躍進・発展を期待したい。
名門大手も安定した活動を行った。三谷恭三率いる牧阿佐美バレヱ団は若手の躍進が著しく活気を増してきた感。秋の『ラ・シルフィード』『セレナーデ』は、古典・新古典の確かな継承を感じさせる質的に高い仕上がりで、大手・名門の底力を示した。松山バレエ団は、森下洋子&清水哲太郎が相変わらず健在。秋には第3次となる『白毛女』の試演会を行い今年は本公演にて発表予定となっている。大阪を拠点とするわが国きっての名門・法村友井バレエ団は、ロシア・バレエの第一人者・法村牧緒の手による重厚で格式ある舞台づくりに定評あるが、期待の若手プリマ法村珠里が『ドン・キホーテ』『コッペリア』に主演し、いっそう華やぎのあるものとなった。
ビントレー振付『ペンギン・カフェ』(英国ロイヤル・バレエ団公演)

■節目の年を迎えた団体の躍進
創立〜年というシリーズ公演を行った団体が積極的な活動を行ったのも特筆される。
創立60周年シリーズの後半を迎えた老舗・谷桃子バレエ団は、年初に前年度の成果を受けて団・団員が相次いで舞踊賞を獲得して波にのった。団付きの望月則彦の創作『レ・ミゼラブル』のほか『ドン・キホーテ』『リゼット』という日本初演以来磨き上げてきた十八番のレパートリーを高部尚子、永橋あゆみ、齊藤拓、今井智也、三木雄馬ら新旧の個性と実力を兼ね備えた魅力的なキャストで上演し、いずれも高い評価を受けた。創設者で日本バレエの生ける伝説・谷桃子はこの新春で卒寿を迎える。
創立45周年シリーズを行った神戸の貞松・浜田バレエ団も意欲的。『白鳥の湖』『ドン・キホーテ』等の古典のほか同バレエ団出身でドイツ拠点に欧州で活躍する森優貴振付の大作『冬の旅』を世界初演して注目を浴びた。また、「ラ・プリマヴェラ〜春」においてスタントン・ウェルチ『ア・タイム・トゥ・ダンス』を披露。関西のバレエ団としては初めての中国公演(上海・北京)も行なった。年間通しての成果は水際立ったものといえる。ダンサーでは、大ベテラン貞松正一郎はじめ技量と華に加え芸術的解釈の深さ際立つ瀬島五月、コンテンポラリーにも独自の感性をみせる武藤天華ら多士済々。
貞松・浜田バレエ団『白鳥の湖』(瀬島五月&廣岡奈美&A・エルフィンストン)

■首都圏中心とした主要団体の活動
在京中心に一定規模の公演を行い、文化庁助成等を受ける団体の活動を振り返る。
吉田都らを招いた「チャリティ・ガラ」等のほか中国公演も行ったスターダンサーズ・バレエ団江東区との芸術提携を深め地域密着姿勢を堅持しつつ気鋭振付者キミホ・ハルバートを招くなど新理事長・安達悦子のカラーも出つつある東京シティ・バレエ団は東京バレエ協議会に属し、都民芸術フェスティバルの助成を受けての公演も行った。
関直人振付の古典全幕を手堅く上演し独自の美意識溢れる舞台を生む井上バレエ団、マクミランやド・ヴァロワ等の英国バレエの紹介に努め島添亮子の活躍が目立つ小林紀子バレエ・シアター、貴重なニジンスカ版『ラ・フィユ・マル・ガルデ』を日本初演してバレエ愛好家を喜ばせてくれたNBAバレエ団、「清里フィールドバレエ」のほか都心と地元・八王子で定期的に質の高い公演活動を続ける川口ゆり子&今村博明のバレエシャンブルウエスも個性豊かでこだわりの深さを感じさせる活動を展開した。
酒井はな主演『火の鳥』等のダブル・ビル、沖縄出身&国際派で近頃稀なスケール感ある新人・長崎真湖と中国のトップダンサー呂萌を招いての『コッペリア』を上演して名門復活へと気勢を上げる東京小牧バレエ団は、小牧正英の甥・菊池宗の下、近ごろ公演規模が急激に拡大してきており注目される。また、中部地区では、松岡伶子バレエ団がキーロフの名花だったナターリャ・ボリシャコーワ振付による『白鳥の湖』のほか「アトリエ公演」にてカナダで活躍する新鋭・井上勇一郎作品を上演して気を吐いた。
長崎真湖(遼寧バレエ団)『カルメン

■秀逸なガラ公演&女性振付家の活躍
作品/公演/個人で特筆すべきものを挙げる。
夏には海外で活躍する踊り手が帰国してのガラ公演等がいくつか行われたが、現代作品中心にクオリティと多彩さでローザンヌ国際バレエコンクール受賞者らによるローザンヌ・ガラ2010」が際立っていた。芸術監督は熊川哲也。福岡雄大、法村珠里のほか文化庁芸術祭新人賞を受けて波に乗る奥村康祐ら関西出身者でバレエ界の次代を担っていくであろう若手をフィーチャーしたほか田中祐子、岩田守弘、小嶋直也、法村圭緒らの超一流ダンサーが共演したMRB松田敏子リラクゼーションバレエ「バレエスーパーガラ」も企画性高く昂揚感もあって楽しませた。
振付では、前述のKバレエ公演で熊川哲也と、「ローザンヌ・ガラ」で首藤康之とのデュオを発表した中村恩恵が一皮むけた印象。各所での散発的な活動ではあったものの傑出した成果を挙げたのはだれの目にも明らかだろう。東京シティ・バレエ団に振付提供したキミホ・ハルバートの仕事も充実していた。「あいちトリエンナーレ2010」共催事業の川口節子バレエ団「BALLET SELECTIONS 2010」において川口が発表したドラマティック・バレエ『心地よく眠るアリス』が注目され、各紙誌等で高い評価を受けたのも印象深い。先述のベテラン望月則彦、円熟味を増してきた篠原聖一、新進気鋭の森優貴らの活躍もあったが女性振付家の健闘が目立ったように思う。
ダンサーでは、前述以外に、プリマ級としてフリーランスで活躍するベテランの下村由理恵、売り出し中の西田佑子、それにベルリン国立バレエのプリンシパルで夏にKバレエと「ローザンヌ・ガラ」に客演し活躍したSHOKO(中村祥子)を挙げておきたい。男性では、奥村康祐や碓氷悠太のような優れたノーブル・ダンサーも出てきたものの若手が全般的に小粒に思える。テクニックあって綺麗に踊る子は多いが見映えがパッとしない。身体条件とはおそらく無関係に。プリマに関しても同様で、テクニックが精確で清楚、身体のラインが美しい中堅・若手は少なくないのは喜ばしいが、大型で迫力のある大人のプリマが不足している。前者は玄人受けしても一般の観客には物足りない印象をあたえることも。日本のバレエの未来を考えるうえで、男女とも大型の新星が台頭してくることを期待したいし、それを育み受け入れる土壌づくりが必要に思う。
中村祥子『カラバッジオ』(ビゴンゼッティ振付)