概況&来日公演

■芸術文化と社会
2010年は、前年秋の「事業仕分け」における文化予算削減の危機に瀕したものの結果的に文化予算総額では0・5%増というニュースに糠喜びすることからはじまったように思う。いざ蓋を空けてみると、各芸術団体への助成金は公演単位では前年までよりも削減される傾向に……。文化庁の予算枠では、劇場からの発信事業や共同制作事業の方にシフトが傾きつつあるようだ。舞踊に限らず日本の舞台芸術は民間の力によって発展してきた。ただ、少なからぬ額の助成金を得るようになれば、社会的な責任も負ってしかるべきということになる(アーティストのなかにはそういうのを嫌う人もいるが)。各芸術団体が芸術面の追求のみならずより公益性を重んじた活動をしていくことも求められる。助成の在り方以上に、各芸術団体・アーティストが社会とどう向き合って活動していくのかが、あらゆる局面で問われてくるようになるだろう。
■厳しいなか盛況の公演
不況や助成金の減少等もあって公演数が減った/減らないといった議論が批評家等のなかで見られる。純粋に数だけで言えば、減っていない。むしろ小さなスペースでの公演等含めれば年々増えているのは間違いないだろう。が、このところ公演数や公演の規模が縮小気味の団体が散見されるのも事実だ。バレエの発表会等で出演者が減ったりするということも耳にする。欧州の先端のコンテンポラリー・ダンス等を紹介してくれていたカンバセーションアンドカムパニーが年末に倒産するという衝撃の報もあった。厳しい制作条件のなか懸命に活動を続ける団体・アーティストや制作関係者には敬意を表したい。そして、上演の水準でいえば今年は内外公演とも平均的に極めて高いものが揃った印象があり、充実した一年だったのは喜ばしい限りである。
■ビッグ・カンパニーの来日
来日では、3月にパリ・オペラ座バレエ団、6月に英国ロイヤル・バレエ団というビッグ・ネームが相次いで来日し底力を見せてくれた。ヌレエフ版『シンデレラ』、元祖本家たる『ジゼル』においてみせたパリ・オペの洗練されたスタイル、『うたかたの恋』『ロミオとジュリエット』等でみせたロイヤルの演劇性と各々の個性を心ゆくまで満喫できた至福の上半期だった。吉田都がロイヤル・バレエとのお別れとなる舞台をみせたのも記憶に残る。グレアム・マーフィーによる大胆な古典改作を携えて3年ぶりに来日したオーストラリア・バレエ団、亡き巨匠の魂を継いだジル・ロマンの下、感動的な舞台をみせたモーリス・ベジャール・バレエ団の公演も好評を博した。ニーナ・アナニアシヴィリ率いるグルジア国立バレエも来日しニーナのファンを喜ばせた。
モーリス・ベジャール・バレエ団『80分間世界一周』

■世界有数のバレエ都市・東京
大カンパニー等の来日も実り多かったが、それ以上にインパクトあったのがガラ公演だ。ロシアの2大カンパニーによるボリショイ・バレエ×マリインスキー・バレエ合同ガラ公演やルグリとギエムの久々の共演が話題となった「マニュエル・ルグリの新しき世界」パリ・オペラ座バレエ団のエトワール中心に現代作品を軸とした「エトワール・ガラ」も極めてレベル高かった。これらの企画は世界広しといえども東京でしか観られないもの。「世界バレエフェスティバル」こそなかったものの東京という都市がバレエ市場として世界有数であることを改めて実感した一年だった、ウラジーミル・マラーホフによるマラーホフの贈り物」も現代作品中心の玄人好みの演目でマラーホフの芸術監督としての手腕を再確認。マラーホフは、現在、欧州バレエ界の最重要人物のひとりであるが、彼をいち早く愛し、育てたのは日本の観客であることが誇らしい。
ベルリン国立バレエ団チャイコフスキー」プロモーション映像

■ケースマイケルの活躍
現代ものでは、日本とも縁の深かいピナ・バウシュ ヴッパタール舞踊団がピナ亡きあと初めて来日し変わらぬ支持を集めた。熱狂的な観客の多いことで知られるオハッド・ナハリン率いるイスラエルバッドシェバ舞踊団来日もファンたちの間で盛り上がっていた。日本初登場組ではナハリンの下から出て英国で活躍するホフェッシュ・シェクターが注目された。パリ公演でも旋風を巻き起こした注目株だけに時期を得た招聘だった。来日常連組のヤン・ファーブル、2度目の来日のピーピング・トムなどの公演もあった。ローザスアンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマイケルジェローム・ベルと組んでの実験的な意欲作『ドライアップシート』を披露したほか、多彩なラインナップの光った「あいちトリエンナーレ」においてローザス出世作ローザス・ダンス・ローザス』を日本再演した。ヌーベル・ダンスの旗手として台頭し、いまや巨匠の地位にありながらチャレンジングな作品を発表するケースマイケル。両作を観ることで彼女の進化・深化が感じられ興味深かった。ケースマイケルはオペラの演出も手掛けるし、パリ・オペラ座バレエ団に代表作の『レイン』がレパートリー入りするなど存在感を高めている。ベジャールカニングハム、ピナ亡きあとダンス界を牽引することが期待される。
ローザスローザス・ダンス・ローザス

■「奇跡の饗演」と「アポクリフ」
来日公演の主なものを列記したが、批評家等の回顧アンケートで圧倒的な支持を集めたのは純粋な来日公演というよりも国際共同制作のような舞台だった。ひとつめは、イスラエル・フィル&モーリス・ベジャール・バレエ団&東京バレエ団「奇跡の響演」。ズービン・メータ指揮によるイスラエル・フィルの至高の演奏にのせてのマーラーストラヴィンスキー曲によるベジャール・プロ。艶と深みのあるマーラーにのせての「愛が私に語りかけるもの」も忘れがたいが、私的にはベジャール・バレエと東京バレエ団という、いわば兄弟バレエ団がそれぞれの個性を保ちつつ溶け合った『春の祭典』に特に感銘を受けた。この公演も東京でしか実現しえない“奇跡”だ。もうひとつはシディ・ラルビ・シェルカウイ×首藤康之『アポクリフ』。人種や国籍の違うダンサーたちのスリリングな掛け合いと多彩な演出、アカペラグループの生演奏が相まった重層的な舞台づくりのなかに、ダンス表現が秘める思索性の高さを鮮烈に思い知らせてくれる衝撃の体験だった。初演から三年、東京での公演が実現したのは意義深かった。
シディ・ラルビ・シェルカウイ×首藤康之『アポクリフ』