vol.3 平山素子〜近年の動向と最新作『月食のあと』リ・クリエイションについて


このカテゴリでは、私が敬愛する、いま、もっとも見逃せない、そして確実に次代を担うに相違ないアーティストについて紹介し、簡単な作家論めいたことを記している(vol.1は矢内原美邦、vol.2は森優貴 バックナンバー参照)。vol.3では、わが国の現代ダンス界を代表するアーティストとして押しも押されぬ存在となった平山素子に触れる。いまさら彼女のような大物を取り上げても…と思われるだろうが、近年の作品傾向や動向についてメディア等で多角的に紹介される機会は意外にもなかったと思う。そこで、デビューからの来歴も絡めて、平山の活動の軌跡と現在についてまとめてみた。
平山は愛知県出身で、5歳よりクラシック・バレエを始める。筑波大学に進学し、若松美黄にモダンダンスを師事。同大学院体育研究科コーチ学専攻を修了している。1999年には、名古屋で行われた第3回「世界バレエ&モダンダンスコンクール」にて、モダンダンス部門の「金メダル」と「ワツラフ・ニジンスキー賞」をダブル受賞した。一世を風靡したH・アール・カオスのメンバーとして内外で多くの舞台を踏んだのち、2001年には、文化庁派遣在外研修員としてベルギーのウルティマ・ヴェスに留学。帰国後は、山崎広太、金森穣、島崎徹らの作品の中軸として迎えられている。なかでも、2005年、兵庫県立芸術文化センター開館公演・ニジンスキー版『春の祭典』復元上演において、選ばれし生贄の乙女役で主演した際の鮮烈な踊りと存在感は忘れがたい。
また、同時に振付も始め、2005年には、世界最高峰の名門ボリショイ劇場に招かれ、ソロ作品『Revelation』を当代を代表するプリマ、スヴェトラ―ナ・ザハーロワに振付ける。これは少し前に同作を踊る平山を見て感動したザハーロワたっての希望であるという。2008年にはフランクフルトと上海(国際芸術祭)でソロ『DANAE Sonzai Design』を発表。ミュージカルの振付も手掛け、シンクロナイズドスイミング日本代表のデュエットに振付協力した際には、2008年北京オリンピック銅メダル獲得に貢献している。
コンテンポラリーダンサー・振付家として内外で活躍する平山であるが、その評価を決定づけたのが、新国立劇場主催公演で発表してきた作品群だ。『シャコンヌ』(2003年)、『Butterfly』(2005年)という、それぞれ能美健志、中川賢と踊ったデュオを経て、フル・イブニング作品『Life Casting-型取られる生命-』(2007年)、柳本雅寛とのデュオ『春の祭典』(2008年)と話題作を連打。『シャコンヌ』『Butterfly』では、磨き抜かれた身体、怜悧な感性をもってして濃密でスリリングなデュオに仕上げ、『Life Casting-型取られる生命-』『春の祭典』では、それに加え、美術家や衣装デザイナー、音楽家との刺激的な協同作業を行いつつ劇的な興奮を観るものにもたらし、演出家としても才気を思う存分爆発させた。『Life Casting-型取られる生命-』における3Dデジタイザを用いた裸体像オブジェの斬新な用い方、『春の祭典』における連弾ピアノとの共演という意表を突く構成や終幕に用意された圧巻としか言いようのない演出は、その豊饒なるイマジネーションによって、観るものの脳天をぶち抜くくらいに強烈な印象を残した。
そして、驚嘆すべきは完成度の高さである。新国立劇場という日本の舞台芸術文化の中心を担うべき劇場のラインナップには、前衛性・先端性の求められるコンテンポラリー・ダンス作品であっても、業界人やダンス・マニアだけでなく広い観客層に訴求できる確かな強度というか表現の質の高さが問われてしかるべし。新国立での平山作品は、誰が見ても水準以上だと理解できる厳選された踊り手を起用している。そのうえで、モチーフや主題を的確に浮かばせる構造を緻密に仕組み、イマジネーション豊かかつヴィジュアルとして強い印象を残す演出効果を生むことにも長ける。上記の舞台成果において「中川鋭之助賞」「朝日舞台芸術賞」「芸術選奨文部科学大臣新人賞」「江口隆哉賞」など名だたる舞踊賞・顕彰を総なめにしているのも当然といえよう。

近年は振付家として名声を欲しいがままにしている平山だが、根はダンサーである。踊り手としての本能・嗅覚がより前面に出てきた作品群も得難い魅力を放つ。近年、新国立劇場で定期的に作品発表するのと並行するかのように出身地の愛知において、平山の踊り手としての天才性が発揮されたプロジェクトが行われれてきた。上村なおかと共演したダンスオペラ『月に憑かれたピエロ 』振付・出演(2004年)、西島千博、山崎広太と共に座頭的な働きで舞台を支配したダンスオペラ『ハムレット-幻鏡のオフィーリア』 オフィーリア役・共同振付(2007年)、老舗料亭の趣ある中庭においてハープの神谷朝子の奏でる調べにのせ夢幻的に舞った自作自演ソロ『Carp with wings,me』(「あいちトリエンナーレ2010」まちなかパフォーマンス参加)など、愛知芸術文化センター主任学芸員(舞踊)で平山の盟友的存在である唐津絵理のプロデュースによる舞台だ。唐津は、ダンスオペラ シリーズや数々のコンテンポラリー・ダンスの先鋭的なプロジェクトを生み、大規模な国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2010」パフォーミングアーツ部門キュレーターを務め大成功に導くなど、内外で評価されるわが国をきってのパフォーミングアーツ・プロデューサーである。
愛知芸術文化センターの、ひいては唐津のプロデュースするパフォーミングアーツ公演は、アーティスト同士の意想外の組み合わせによる化学反応が何よりも魅力的だ。厳しいご時勢ゆえ予算が潤沢とはいえないであろうと推察できたり、再演が難しい等公共施設のプロデュース公演につきものの不利な点もあるが、唐津はさまざまなアーティスト同士の出会いの場を仕掛け、刺激的な作品を生み出してきた。ダンスオペラ『兵士の物語』のように、海外で受賞を果たし再演の続く作品もあり、わが国の舞台芸術界を牽引する芸術創造活動のひとつであると私は常に注目し、可能な限り足を運ぶようにしている。平山が2009年12月に愛知芸術文化センター唐津の企画する「ダンス・アンソロジー 〜身体の煌めき」において初演した『After the lunar eclipse/月食のあと』も、パフォーミングアーツシーンに一石を投じる快作となった。当時、音楽、舞踊、演劇、映像の情報、批評による総合専門紙「週刊オン・ステージ新聞」に求められ同公演の評を寄せたが、平山にとって新境地を切り拓く舞台となったように思う。

これは、ライトアーティストの逢坂卓郎、衣装デザイナーのスズキタカユキと組んだソロ作品。舞台上には青く点滅するLEDスクリーン。光は宇宙から飛来してくる宇宙線をリアルタイムで変換したものだ。その前で平山は宇宙の律動を受けとめつつ己の体内のリズムとも向きあうごとくうごめく。光と闇の世界で生成と消滅を繰返す生命。その神秘的な営みをはるか宇宙からの光を浴びて踊る。そして…。これ以上詳細には触れないが、とにもかくにも生命の根源に触れたかのようないいようのない感動がある。また、それが、最先端のテクノロジーによって構築されたヴァーチャルな空間で進行していることの不思議さ、さらには、その危うさのようなものまでも浮き彫りにしている。深い作品である。
先述のように、近年、平山が新国立劇場で発表した作品群は手堅いダンスと精密な振付・演出による計算行き届き完成度高い(同劇場での最新作、昨年末のストラヴィンスキー曲『兵士の物語』は、一切の語りを排し動きで語る大胆な冒険が成され、これまで以上にチャレンジングな傾向が見られたが…)。その点『月食のあと』は、彼女が身ひとつで挑むソロ、パフォーマンスに傾いたこれまでにないパフォーミングアートとして針の振り切れたエッジーな作風だ。新国立で発表してきた平山作品とは一味も二味も違うと断言できる。ダンスのみならず広義のパフォーミングアーツのファンやアート、ファッションといったトレンドに関心ある人たちにもアピールするのではないか。
とはいえ、強調しておきたいのは、パフォーマンスに傾いたといっても、テクノロジーや舞台意匠の目新しさに溺れたり、安易に場踊り的に踊るわけではない。ライトアートや衣装との協同作業によって緊密な舞台空間を生み、そこの中核に平山の「身体」がずしりと際立ってみるものに差し迫ってくる。また、新国立で創ろうが愛知で創ろうが、グループワークであろうがソロであろうが、生命と物質のあり様やテクノロジーと身体の関係性といった今日的かつ普遍的主題を真摯に問いかける平山の姿勢が一貫しているのも明らかだ。芸術家としてブレない姿勢は信用できる。
その『月食のあと』が1年半ぶりにリ・クリエイションという形で上演される。今回のクリエイティブチームは、JAXAの宇宙ステーション「きぼう」で行われたプロジェクトにて宇宙芸術実験を行った経験を経て、究極に美しい光の世界を提案するという。
平山は今回の公演に際して以下のメッセージを出している。

今回の「月食のあと」は自然の現象から大きく影響をうけ、じりじりと変化していく身体をテーマにしています。節電が必要とされているこの時期に奇しくも「光と闇」に大胆に取り組んだ演出でもあります。また、ソロ作品は、独特の集中力をアーティストに強い、己を映し出す鑑として非常に過酷で孤独なものです。降り注ぐ宇宙線を浴びて身体は原始的な輝きを強め、LEDは多くの人々に未来を示すと信じています。
今、このタイミングで取り組むことが出来るのも、舞踊家として運命のようなものを感じています。心を込めて、身を投げ出し、人間の生きる力、そして希望の光を全身で表現できたらと思っております。本当に本当に、多くの方に見届けていただきたい作品です。
改めて、今回の地震津波で被災された方々には、少しでも早く笑顔が戻りますようお祈りしております。


振付家・ダンサーとしてますます脂の乗った時期に入って来た平山は、筑波大学人間総合科学研究所准教授という重責も担っている。研究者として、後進を育てる指導者としても多忙な日々を送っているはずだ。そんななか、今回、世田谷パブリックシアターの提携を得ての自主公演となる東京公演のほか名古屋・兵庫で公演を行う。この初夏、平山のみならず中村恩恵首藤康之服部有吉といったビッグネームが奇しくも自主公演もしくはそれに近い形態の公演を行うが、そのなかでも平山公演の規模は大きい。クリエイティブな面のみならず、よりダンス界の内外で存在をアピールし、ダンスの魅力を広めていくリーダーとしての役割も一層期待されるところ大である。

平山素子ソロプロジェクト
『After the lunar eclipse/月食のあと』 リ・クリエイション

■出演者・主なスタッフ
構成・振付・ダンス:平山素子 ライトアート:逢坂卓郎 衣裳:スズキタカユキ
ヘア&メーク:上田美江子、三島裕枝(SHISEIDO) 音楽:落合敏行
■ 公演スケジュール
【東京】2011 5/27(金)19:30 5/28(土)16:00 5/29(日)16:00 会場:世田谷パブリックシアター
※各公演終了後、ポストパフォーマンス・トークあり。
5月27日(金)近藤良平(コンドルズ主宰)×平山素子
5月28日(土)唐津絵理(愛知芸術文化センター主任学芸員)×逢坂卓郎×スズキタカユキ×平山素子
5月29日(日)内富素子(JAXA国際部)×逢坂卓郎×平山素子
【兵庫】2011 6/18(土)14:00 会場:兵庫県立芸術センター 阪急中ホール
【愛知】2011 7/22(金)19:00、7/23(土)14:00/18:00 会場:愛知県芸術劇場 小ホール
■公式HP等
平山素子 公式ホームページ
「月食のあと」リ・クリエイション 特設サイト

写真:『After the lunar eclipse/月食のあと』(2009年)より
撮影:南部辰雄 初演:愛知芸術文化センター 提供:NPO alfalfa