矢内原美邦の現在〜『THIS IS WEATHER NEWS』と『前向き!タイモン』

未曽有の大震災と原発事故を受けて、多くのアーティストが「ダンスに何ができるか」を自問したり、アートの可能性・限界について否応なしに思考を迫られたりしたようだ。
社会のなかでダンスすることの意義や根拠があらためて問われたわけだが、アーティストの考えは千差万別であっていい。今回の不測事態とは関係なく、常日頃から「社会の中のアート」という概念のなかでダンスや演劇の活動を行うことに否定的な人も。公的な助成金を貰っておきながら「公益性なんか考えるとアートの可能性が狭められる」とすら語る人までいる。いっぽう、震災後、自らのパフォーマンスによって「感動をあたえたい」と臆面もなく語る者まで現れたという。人それぞれだ。
いずれにせよ、私が以前から尊敬をもって活動を追っているアーティストは、上っ面な言動よりも作品のなかでいまという時代、いまという状況に誠実に向き合っている。
大震災や原発事故の事態に接して、まぎれもない現実でありながら、私は「これは果たして現実なのか――」「できればなかったことにしてほしい」と混乱しつも漫然と日々を過ごした。そんななか、昨秋観たひとつの舞台をおのずと思い出した。「あいちトリエンナーレ2010」パフォーミング・アーツ部門(キュレーター:唐津絵理)で世界初演されたニブロールの『THIS IS WHEATHER NEWS』だ。
ニブロールといえば、ディレクター・システムを採用していることで知られよう。振付家矢内原美邦を中心に映像、音楽、衣装、制作等のスタッフたちが議論を重ね協同作業行い作品を作り上げていく。私は2000年12月初演の『駐車禁止』以来彼らの活動を見続けているが、その作品群は、つねに時代の空気や感性をヴィヴィッドに反映してきた。近作の『NO DIRECTION。』(2007年)や『Romeo OR Juliet』(2008年)では、よりスケール感のある舞台を志向しながらダンス、映像、衣装、美術といった要素が過剰とも思えるくらいにぶつかりあって混沌を生む掛け算的なコラボレーションを行ってきた。
愛知で観た『THIS IS WHEATHER NEWS』は、公演タイトルが示すように「人生とは天気予報のように予測がつかない、思い通りにはならない」「もし、あのときこうだったら…あのときこうでなかったら…」という、誰しもが抱く人生の不条理を痛切に感じさせる。自分のなかの何かが壊れゆく感覚のようなものをを痛ましく描きつつも、その壊れたカケラを拾い集めまた生きていく姿勢を描く。生と死を扱い、人生への絶望感も感じさせる部分もあるし、地震津波を想起させるような場面もあった。いまにしてみれば「3・11以後」を予見しているかのようであった。そして、愛知公演時、私はすぐに指摘したが、これまでのニブロール作品のように各アーティストの掛け算的なコラボレーションではなく、各要素が引き算も心がけシンプルかつ深く主題を追求している点が新鮮だった。
その舞台が、6月末〜7月上旬に東京・世田谷のシアタートラムで再演された。パフォーマーも増え、映像がバージョンアップするなどパワーアップしていたが、作品の本質は変わらない。矢内原はニブロールの初期作品ではダンサーでないパフォーマーを使ったが、近作ではバレエ出身のカスヤマリコはじめ身体が鍛えられ、振付家の過酷な要求にも応えられる人が用いられるようになってきた。より強度と深度を増した作品に仕上がっており、震災後のいまという時代のリアリティと拮抗している舞台だけに、グッとくるものがあった。急遽予定を変更してチケットを買い足し2度観劇してしまった。
矢内原の挑戦は続く。彼女は自身の個人企画を実現するミクニヤナイハラプロジェクトを展開しており、演劇作品やソロダンスを制作してきた。その最新作で、昨秋、京都で初演された演劇作品『前向き!タイモン』が東京・京都で再演される。シェイクスピアの戯曲「アテネのタイモン」に取材したもので、原作とは真逆の設定で“不幸などん底にいる後ろ向きな男が前向きに人生を見つめなおす作品”だという。作・演出・振付を矢内原が手掛け、昨秋の「シェイクスピアコンペ」で優秀賞を受賞したが、いまを前向きに生きるパワー全開で送るとの触れ込み。出演は、笠木泉、鈴木将一郎、山本圭祐という曲者ぞろい。最近のニブロール作品と違って、演劇畑のパフォーマーを踊らせるので、ダンスに関しては初期ニブロールのようなテイストが感じられるかもしれない。
矢内原は集団作業のニブロールよりもミクニヤナイハラプロジェクトや映像の高橋啓祐とのoff nibrollでの作品において、よりみずからの心境や価値観を流露する傾向にあると私は考える。彼女の作品の底流には、ままならぬ人生(と自らの人生を思わないおめでたい人は少ないだろうが…)の痛ましさをポジティブに受け入れ、いまを生きる強さが貫かれているように思う。『前向き!タイモン』に関して矢内原は、“生きることのエネルギーを私は信じたいです”と語っているだけに、矢内原節の真骨頂が観られそうだ。

『前向き!タイモン』公演情報
★東京公演
9月1日(木)19:30
9月2日(金)19:30
9月3日(土)14:00/19:30
9月4日(日)14:00
【会場】こまばアゴラ劇場
【チケット料金】
2,000円(一般前売) 2,500円(一般当日)
★京都公演
9月23日(金・祝)19:00
9月24日(土)14:00/19:00
9月25日(日)14:00
【会場】京都府立文化芸術会館
【チケット料金】
2,000円(一般前売) 2,500円(一般当日)

ミクニヤナイハラプロジェクト『前向き!タイモン』スペシャル動画

『前向き!タイモン』インタビュー 矢内原美邦