日本バレエ協会神奈川支部『バフチサライの泉』

ロシアの国民的作家・詩人であるプーシキンの詩をモチーフに創作された『バフチサライの泉』は、1934年、ペテルブルクでザハーロフの振付により初演された。ロシア・バレエ不朽の名作である。しかし、日本ではポピュラーな演目とはいえない。昔、松山バレエ団がレパートリーにしていたというが、現在では関西(法村友井バレエ団、佐々木美智子バレエ団)、名古屋(松本道子バレエ団)で折に触れて上演されるくらいである。首都圏では滅多にお目にかかれないが、先日、日本バレエ協会神奈川支部がキーロフ・バレエ(現マリインスキー劇場)で研鑽を積み、ロシア・バレエのステージングに定評ある法村友井バレエ団の法村牧緒を演出・再振付に迎え久々の上演にこぎつけた。
クリミヤ汗国の王・ギレイ汗、彼の寵愛を一心に受ける妾・ザレマタタール軍の襲来にあい、両親・婚約者を殺され遥か遠くクリミヤへつれてこられた王女・マリアを軸に物語は展開する。マリアにギレイ汗の愛を奪われたザレマは、嫉妬に駆られマリアを殺してしまう。ギレイ汗は怒りにわれを忘れザレマを斬ろうとし、彼女も死を願うが、ギレイ汗はすぐに手を下さず処刑を命じる。ザレマにひそかに想いをよせるタタール軍団の長・ヌラリはザレマの助命を願うが聞きいれられない。ザレマは処刑され、ギレイ汗を慰めようとヌラリを先頭にタタール軍団の勇壮な踊りが繰り広げられる……。
バフチサライの泉』は、エピローグ、プロローグで憂いを帯びながらマリア、ザレマとの想い出にふけるギレイ汗の物語であり、また、マリア、ザレマそれぞれの悲劇譚でもある。また、骨太な魅力のなかにも繊細な心情をひめたヌラリの存在もドラマを味わい深いものにしている。どの登場人物の視点からみても、物語に感情移入できる点がじつに魅力的だ。「泣かせ」所も満載である。数ある全幕バレエのなかでも、物語が起伏に富みドラマティックという点では屈指といえよう。高い演劇性においてもラブロフスキーの『ロミオとジュリエット』などにも影響を及ぼしたといわれるの頷けるところである。
ダンスも豊富だ。主役たちの踊りに加え、公爵の屋敷で華やかに踊られるチャルダッシュマズルカなどの民族舞踊、タタール人のダイナミックな踊りなどエネルギッシュなキャラクター・ダンスに事欠かない。バレエ・ブラン(白いバレエ)はないもののロシア・バレエの魅力が見事に凝縮されているといってもいいだろう(各幕ごとにスタイルが異なりすぎるとの批判が昔から根強いが、筆者は気にならない)。アサフィエフによる音楽も魅力的。同時代に生き、『ロミオとジュリエット』『石の花』などを遺したプロコフィエフに比べると、日本ではなじみが薄いかもしれないが、はじめて聴いてもどこかで耳にしたことのあるかのようなメロディ・ラインが印象的だ。詩情をたたえつつ重厚さを失わない創りからは、初演時に台本・振付と緻密に連携を取りながら創作されたであろうことがうかがえる。上演に際し、繊細かつ重厚な演奏が求められるところではある。
現代人の心にも十分訴えかける名作には違いないが、『バフチサライの泉』がロシア以外でなかなか上演されないのは、独特の暗いトーンを含んだドラマと濃厚なエキゾチシズムが観客に受け入れられないと考えるからであろうか。また。先に述べたように、各幕ごとのスタイルの整合性に乏しいという評価のためであろうか。現実には、上演に際して、男性群舞はじめ実力派ダンサーが相当数いる大バレエ団でなければ挑めない作品であることが大きいだろう。キャラクター・ダンスに習熟した踊り手も必要だ。当然、日本のバレエ団は男性舞踊手は総じて人材不足であるし、キャラクター・ダンスの素養のある踊り手も少ない。昨年上演された松本道子バレエ団公演では、ヌラリ役として東京バレエ団から大嶋正樹、群舞には新国立劇場バレエ団所属の男性陣を数人招いており、関西のバレエ団が上演する際にも京阪神の実力派ダンサーが集結しなければ上演できないはず。首都圏でも、一部の大バレエ団を除きまず自前で制作することは難しいだろう。今回の神奈川での上演においては、演出・再振付の法村牧緒が比較的時間をかけ、神奈川のダンサーたちに手取り足取り指導したという。その甲斐あって、ザレマ(岩田唯起子)、マリア(大滝よう)、ヴァツラフ=マリアの婚約者(法村圭緒)、ギレイ汗(小原孝司)、ヌラリ(松下真)といった力量十分のメイン・キャストに比べ、やや物足りなさは残ったものの群舞も見ごたえある舞台を創り出していた。
バフチサライの泉』は、20世紀ロシア・バレエを代表する作品のひとつであり、同時に、「泣かせ」も多く日本人観客にも体質的にあっていると思われる(松本道子バレエ団では暗に「演歌」調に演出すると述べている)。佐々木美智子バレエ団公演ほかでヌラリ役を踊った佐々木大などは、その輝かしいキャリアのなかでも当たり役として知られており、ダンサーたちにとっても踊り甲斐のある作品のはず。上演には困難が伴うが、日本のバレエ団・団体はこれからも是非取り上げていってほしい。
(2006年1月21日神奈川県民ホール大ホール)