東京バレエ団・マラーホフ新演出『眠れる森の美女』



THE TOKYO BALLET,SLEEPING BEAUTY/Choreographed by Vladimir Malakhov

バレエ界の貴公子・ウラージーミル・マラーホフがプロデュースする「マラーホフの贈り物」。今回は、恒例のガラ公演に加え、マラーホフ自身の演出・再振付・主演による『眠れる森の美女』全幕が上演された。マラーホフにとって4作目、チャイコフスキー三大バレエのなかでは初の全幕振付作品となる。2005年10月ベルリン国立バレエ団世界初演。その余韻冷めやらぬなか東京バレエ団が新制作することとなった。

全編を彩る“薔薇づくし”の舞台美術に驚かされる。薔薇の咲き誇る城の庭先で終始物語は展開。これといった時代設定はなく、古典の様式美にとらわれるることはない。全編があたかも庭先で昼寝したときに見た一炊の夢であるかのように進行する。成人式において、オーロラが紡ぎ糸の針ではなく薔薇の棘に刺されるという趣向が面白い。王子の狩りの場面やパノラマの場面をカットし、スピーディーに展開。眠りから覚めたオーロラと王子のグラン・パ・ド・ドゥが終り大団円を迎えたとき、カラボスが乱入。音楽が一瞬ストップするという、謎めいた終幕を迎える。

古典新演出の常として、場面の省略や音楽の改変がなされるが、ときに首を傾げたくなるような不自然な展開、音楽の無残な改変がみられる。“改訂のための改訂”とでもよびたくなるもので、それならば、いかに保守的といわれようとも従来のオーソドックスな版を上演してくれればよいのに、と思ってしまう。その点、今回の新演出は、マラーホフが長年幾多のヴァージョンを踊ってきた経験と、彼ならではの美意識が反映されていた。切るべきところは切り、こだわる部分は徹底的にこだわる。その取捨選択がはっきりしており清清しい。無論、失われるものもある。オーロラが薔薇の棘に刺さり息絶えるため、カラボスの登場の必然性はなくなる。また、妖精たちの存在感がやや薄く、リラひとりに善の象徴を担わせているのも、プティパ・バレエの美学からすれば物足りないと感じる向きもあるかもしれない。しかし、全体として古典の枠を崩すことなく現代的、スマートなおとぎ話として仕上げたマラーホフの手腕はなかなかのものだった。

マラーホフは相変わらず跳躍が美しい。吉岡美佳はオーロラを踊るために生まれたような人だ。彼女の放つ“お姫様オーラ”は、なかでもオーロラで最高の輝きをみせる。二人のグラン・パ・ド・ドゥは、ダイブなど高難度の技にハラハラさせられる場面もあったが相性のよいパートナーシップをみせてくれた。カラボスを踊った芝岡紀斗は見せ場が多く、ケレン味たっぷりの芝居も違和感なく演じ好演。リラの精の上野水香も出ずっぱりで活躍。ほかには、シンデレラの 井脇幸江 、フロリナ王女の小出領子が秀逸だった。

今回は新制作とはいえ、ベルリンから装置・衣装を借りての公演。今後もレパートリーとして定着してほしい。マラーホフ以外の王子役でもぜひ観てみたいと思う。

(2006年2月21日東京文化会館)