ポール=アンドレ・フォルティエ『1×60』

山口県山口市にある山口情報芸術センター(YCAM)に行った。ポール=アンドレ・フォルティエ新作ダンス公演『1×60』を観るためである。フォルティエは、カナダ・ケベック州を拠点に活動するダンサー・振付家。一昨年の青山ダンスビエンナーレで初来日を果たしている。60歳近いベテランではあるが、その先鋭な舞台への意識と個性的なダンスは国際的に評価が高い。YACAは、2年前からフォルティエと協議を重ね、山口での長期滞在による作品制作を実現させた。

本公演に先立ちフォルティエは、山口市内で30日間30分踊る野外連続ダンス公演『30x30』を行っている。その模様を、映像で観ることができたが、地元の住民たちとの交感をふくめ自在にダンスを繰り出すフォルティエは生きいきとしていた。いっぽう、劇場内で行われたソロが『1x60』。横浜トリエンナーレなどにも出品する大阪の気鋭メディアアーティスト・南隆雄と組んでのインスタレーションと映像とのコラボレーションとして注目された。

緻密な空間構成と、肩の力の抜けたダンスが素晴しい。張りつめた緊張感のなかにも独特のトーンを生み出している。椅子に座ったままの脚のダンス。ホリゾントに照らされた照明のなかでみせる手のダンス。インスタレーションの流されるTV画面の横で立ちつくす静止。グニャグニャのダンスでみせる美しい手の軌跡。魅惑的なシーンの連続であり、完全に舞台に引き込まれた。初演ながら完成度は高い。フォルティエの美学が全編を濃密に支配している。山口で撮影した蛍の光や、舞台上に設置したミラーシートを効果的に用いた映像など、南の造形力にも才気が感じられた。ただ、美術・空間設定に関しては、事前にある程度、フォルティエのリクエストがあったという。音響、照明などフォルティエが連れてきたケベックのスタッフたちとの意思疎通も難しかったことだろう。

山口情報芸術センターは、“芸術と情報の新たな創造的価値を追求する”ことをコンセプトに2003年に開館。シアター・ディレクターの岸正人氏のもと意欲的に活動を展開している。ダンス・演劇公演のラインナップは渋い。コンテンポラリー系の若手振付家を招いてのワークショップなども盛んだ。公演前にセンター内のスタジオ、事務室などをみることができたが、広いスペースとメディア環境の充実に目を見張らされた。情報・文化の発信が開設当初から明確に意識されている。先鋭的なパフォーマンスで知られるフォルティエ、注目のメディアアーティストによる南の共同制作は、まさにこのスタジオならではの試みといえよう。

今回のコラボレーションの直接制作期間は六週間。公演後のアフタートークで、その時間は決して長くはない、とフォルティエは語るが、国内の公立施設においては画期的であろう。首都圏では、個人・カンパニーが自前の稽古場を持ち、時間をかけて創作に挑むのは難しい。たとえば、新潟のNoismを率いる金森譲は、東京では舞台が消費され、まともな創作ができないと公言している。世界各地で活動を重ねるフォルティエが山口での滞在制作を望んだのは、物心ともにアーティストが心置きなく創作に励める環境だと認めたからに違いない。

今回初演された『1×60』は、本年12月にモントリオールで再演されたあと、ヨーロッパでのツアーが予定されている。“ローカルからグローバルへ”。コンテンポラリー系の有能な制作者のなかには、近年、東京というダンスマーケットをあえて外す動きもみられる。ダイレクトに海外とのコンタクトを取り活動の幅を広げるNPO、公共施設も増えてきた。そのなかでも、精力的な活動を展開する山口情報芸術センターの企画・制作・発信力には、今後も要注目である。

(2006年7月22日 山口情報文化センター スタジオA プレビュー所見)