ミラノ・スカラ座バレエ団『ドン・キホーテ』

ミラノ・スカラ座バレエ団7年ぶりの来日公演はルドルフ・ヌレエフ演出・振付『ドン・キホーテ』。プティパ以来の伝統を重んじつつ新たな解釈が施されている。コメディア・デラルテとの親和性など新機軸が打ち出され、ジョン・ランチベリーの手によりスローテンポに新たな編曲が行われれた。ヌレエフ版といえば何といっても振付が凄い。自身卓越したテクニシャンであっただけに嫌味なくらい難しい振りが散りばめられている。踊り手にとっては過酷であり、技量不足のものが踊ると悲惨な目にあってしまう。その点、上野水香&レオニード・サラファーノフの主役ペアは抜群のテクニックと華のある演技をみせてくれた。

サラファーノフの、しなやかで重力を感じさせない跳躍には感心させられる。パの継ぎ目を感じさせず見事というほかない。優美で音楽的な流れを崩さず超絶技巧をみせるという点では現在、おそらく世界最高だろう。トゥール・ザン・レールからピルエット2回挟んで再びトゥール・ザン・レールなど果てしなく続けられそうなテクニックには平伏すほかない。ヌレエフ振付を少しも誤魔化すことなく踊り好感度大。ただ、童顔であり、バジルやフランツ役はハマっても王子役だと少々厳しい気もする。近い将来のキャリアは分からないものの、仮に<時分の花>であってもいま見ておいて損のない踊り手なのは確かだ。

上野水香スカラ座メンバーのなかに入っても見劣りしないプロポーションがまず見事。脚の表現が雄弁であり、高々と広げられる脚や、ややふらついたものの根性?でみせた長いバランスはため息をさそう。キトリ役は水香ちゃんが老若男女に広く支持される、健康的でチャーミングというキャラとぴったり。ところどころ小悪魔的というか大人っぽい魅力を出せるようになってきて魅力が倍増した。来日公演への参加とはいえ、海外名門バレエ団の主役を堂々務める姿に観客も自然と日本代表?とばかりに応援モードになっており微笑ましくもあった。スターとしての輝きをひときわ増す上野の今後にも注目したい。

日本-ロシアの旬なスターの両者は、当然ながら初顔合わせ。パートナーシップにはやや乱れもあったが大きなミスはなく一安心といったところだろう(サラファーノフはサポート力にはやや不安が残る)。両者ともに高度な技巧の持ち主でありバランスの取れたペアだったように思う。関西ならいざ知らず関東では珍しい手拍子が何度か沸き起こった。カーテンコールでのスタンディングオベーションも近年随分安売りされるようになったが、今回は自然と沸き起こり温かい空気に会場は包まれた。お祭と割り切って美技、妙技に酔うのもまた愉し。

スカラ座バレエ自体は世界最古峰の格式と実力を誇るオペラにくらべるとやや寂しい陣容なのは否めない。1幕の町の広場の群舞ではいい意味で雑多なムードが出ていて悪くなかったが2幕の夢の場は純然たるクラシックであり、もう一息ほしかったところ。ウリのひとつであった舞台美術は同じくヌレエフ版を採り入れているパリ・オペラ座松山バレエ団のものとは違ったスカラ座独自のもの。照明効果も相俟って奥行きと陰影ある舞台を創り出していた。

(2007年6月10日 東京文化会館)

※本公演についてはプログラムに寄稿いたしました。