第19回清里フィールドバレエ

dance3002008-07-30

清里フィールドバレエ(主催: バレエ シャンブルウエスト、共催:萌木の村)に今年も足を運んだ。山梨県北杜市高根町清里にあるリゾート地「萌木の村」で行われる日本で唯一の本格野外バレエ。19回目の開催となり、夏の風物詩として全国から多くの観客を集め盛況を誇っている。中央本線から小渕沢経由で高原列車に乗り換え清里駅に降り立つと肌寒い。けれども慣れると快適に過ごすことができる。地物の野菜や肉といった食材も新鮮で体に優しくしみじみおいしい。国内有数の避暑地とよばれるのも頷けるところだ。夜8時、暗くなると萌木の村の広場に設置されたステージでバレエが始まる。
今年は『タチヤーナ』『シンデレラ』『おやゆび姫』の3演目が日替わり上演されたが、そのうち野外では初となる『タチヤーナ』(演出・振付:今村博明、川口ゆり子)の初日を観ることができた。『タチヤーナ』はロシアの文豪、プーシキンの韻文小説『エヴゲーニー・オネーギン』に基づいて1820年代のロシアに生きた人々やその日常の情景を描いたもの。全編チャイコフスキーの楽曲より選曲がなされている。オリジナルの創作バレエを数多く手がけるバレエ シャンブルウエストの全幕もののなかでももっとも完成度が高い。文化庁芸術祭大賞を獲得したほか、タイトルロールの演技によってプリマの川口ゆり子が芸術選奨文部科学大臣賞の対象となるなど文字通りカンパニーの代表作といえる。再演を重ね練り上げられてきたが、今回は野外での初演となった。
劇場版では3幕構成だったがここでは2幕に再構成。第1幕では、女主人ラーリンの娘オネーギンとオリガのところにオリガの婚約者レンスキーが友人オネーギンを連れやって来ることからドラマが始まる。タチヤーナはオネーギンに恋し、結婚を望むもオネーギンに拒絶され、軽率と批判される――。読書好きでおとなしいタチヤーナを川口ゆり子が、対照的にいつも快活なオリガを吉本真由美が演じた。ふたりの姉妹ぶりは作品にとって不即不離ともいえるくらいの強い印象を残す。この幕の大きな見せ場はなんといってもオネーギンへの愛を告げる手紙を書こうとするも寝入ってしまうタチヤーナの観る夢の光景。夢の精を伴ってあらわれたオネーギンの幻影と踊るパ・ド・ドゥはうっとりするほど美しい。川口とオネーギン役、今村博明コンビの独壇場である。
第2幕になるとよりドラマが動く。タチヤーナを祝うための舞踏会でオネーギンがオリガを踊りに誘ったことから始まる口論に端を発し、オネーギンとレンスキーが決闘、レンスキーは命を落とす。レンスキー役、吉本泰久の存在感が際立ち、今村と拮抗、舞台に厚みをもたらしていた。悔恨の情から放浪の旅にでたオネーギンは数年後、旅から戻り、サンクトペテルブルクの友人宅での舞踏会に招かれる。そこで旧友の夫人がタチヤーナであると知り、来る日も来る日も愛を伝えるが、タチヤーナは毅然とそれを拒否する。オネーギンを愛していても他人の妻となった身、オネーギンを振り払い、彼からの手紙を破り捨て、しっかり前を向いて生きていく……。運命のはかなさ、そのなかで生きる人間の生を苦く描き、大人の鑑賞に耐え得る骨太のドラマとして充実している。
室内劇中心、劇場の上演で練り上げられたレパートリーを野外で上演するのは一筋縄にはいかない。劇場版に比べると最初はややストーリーが見え難く、登場人物の個性がわかり難い感もあった。が、第2幕、舞踏会の場からオネーギンとレンスキーの決闘、そしてオネーギンとタチヤーナの再会、別れまでの畳み掛けるような展開は息もつかせない。完全に惹き込まれた。休憩込み2時間で濃密なドラマを味わえるのは野外版の魅力ともいえる。舞台美術もシンプルだがしっかりしており、景の転換もスムーズ。野外版初演はまずは成功といえるだろう。『フェアリーテイルズ』『おやゆび姫』といった、清里から生まれその後劇場でも上演された愛すべきレパートリーも多いが、カンパニーの代表作『タチヤーナ』を広い観客層の集う清里で披露したことは意義深い。今後、野外でも作品を練り上げ、たびたび上演していってほしいものだ。
20年近い歴史を通して多様な観客層にバレエの魅力を浸透させた功績はいくら評価してもしすぎることはない。星空の下での一期一会の舞台は病みつきになる。リピートする観客が多いというのも納得のいくところ。とはいえ、出演者や技術スタッフはもとより会場の設営や運営に関わる人々の数は多く、労力、経費がかかるはずだ。また、野外での上演にはアクシデントや天候の変化等難しい問題は付き物。熱意と創意がなければここまで続いてこなかったはず。人の絆、文化・芸術の力を信じ歩んできたからこそ、今日の隆盛があるのだろう。鑑賞者として、頭が下がり、感謝するのみである。
(2008年7月28日 萌木の村野外特設劇場)
※ 写真は夕刻の『タチヤーナ』リハーサルの光景。
※8月9日まで開催中。
清里フィールドバレエ ホームページ
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