貞松・浜田バレエ団「創作リサイタル20」

貞松・浜田バレエ団の「創作リサイタル」が20回目を迎えた。当初は団員の創作を発表する場であったが、近年ではナハリン、ユーリ・ンらを海外から招き話題を集めている。また昨年は石井潤の名作『泥棒詩人ヴィヨン』を上演し大きな反響を呼んだ。今回は『羽の鎖』(森優貴振付)、『黒と白のタンゴ』(貞松正一郎振付)、『ボレロ』(貞松融振付)、『光ほのかに―アンネの日記』(後藤早知子振付)と邦人作品の上演である。
昨年初演され好評を博した『羽の鎖』はグレツキ「悲歌のシンフォニー」第三楽章を用いて今を生きる女性が抱えるさまざまの葛藤や自由への憧れを描いた。彼女たちに救いは訪れるのか、あるいは訪れないのか――謎めいた終幕が余韻となり胸に迫る秀作だ。振付を手がけた森は貞松・浜田バレエ団出身、現在はドイツで振付家/ダンサーとして活躍している。グレツキのソプラノ歌唱付の難しい曲想・曲調を鮮やかに動きとして定着させる手際はたいしたもの。緩急を絶妙に捉え、スピードへの高い意識も備えている。舞踊語彙も豊富。腕や肘を捻らせたり、あるいは鋭く用いたものやたわめたフォルムといった欧州のコンテンポラリー・バレエの手法に通暁、それらを巧みに配した作舞はよく出来ている。森はこの5月に東京で上演された「ひかり、肖像」においても卓越した振付手腕を発揮、企画に応じた創作をきっちり仕上げる能力も兼備しているようだ。舞踊語彙により独自性はほしいが国際市場に通用する久々の邦人バレエ振付家になる可能性は高いだろう。そして賞賛すべきはハードな振付に耐えた女性陣(上村未香、正木志保、竹中優花ら)。西洋コンテンポラリー・バレエ特有の振付を踊りこなしたうえでそれぞれが表情豊かに表現している。緩急の切り替えも抜群だった。
『黒と白のタンゴ』はピアソラほかのタンゴにのせた大人の雰囲気を感じさせる、洒落たもの。貞松正一郎のソロに始まり彼と竹中優花のデュオを山場に粋でいて濃密なダンスを展開。ダンスクラシックベースながら淀みない作舞でタンゴとよく調和している。その精髄は“バレエの申し子“と称される振付者一流の音感のよさにあるように思う。
ボレロ』は主宰者みずからが振付したもの。団の代表作として長年踊り継がれてきた。瀬島五月のソロに始まり、じょじょにメンバーが増え、大人数での踊りとなる。男性はジーンズのみ女性はその上にレオタード姿。ダンサーの肉体の躍動がラヴェルの音楽と共振、そのうねりが怒涛のごとく客席をも呑みこみ圧巻であった。
最後を締めくくった『光ほのかに―アンネの日記』は良心的な作風で高い評価を受けてきた後藤早知子の代表作。「アンネの日記」を遺したアンネ・フランクとその家族の悲劇を描く。静かなタッチのなかにも人類平和への強い願いがこめられている。アンネ役は上村未香。チャーミングにして思春期の少女らしい多感な感性を持った役どころをよく演じていた。後藤がプログラムに記しているようにアンネの悲劇からまだ80年しか経ていないという事実に驚きを覚える。現在も金融危機や政情不安に陥り、安穏と生きてはいられない不安の時代。どこからともなく軍靴の響きも…。静かに穏やかに平和や愛の尊さを訴えかける本作が再演されたことは誠に意義深く思われた。
先鋭的な舞踊表現、洒落た大人の世界、肉体の躍動感、踊りにこめた平和への願い。四作四様の輝きを放っている。観客と今の時間を共有したい、という団員の思いに満ちあふれた、実り豊かな公演であった。
(2008年10月10日 神戸文化中ホール)