ジョン・ノイマイヤー/ハンブルク・バレエ『人魚姫』

民音創立45周年記念/ジョン・ノイマイヤー芸術監督就任35周年記念
ジョン・ノイマイヤーハンブルク・バレエ『人魚姫』(全2幕)
演出・振付・舞台装置・照明・衣装:ジョン・ノイマイヤー
音楽:レーラ・アウエルバッハ
指揮:サイモン・ヒューウェット 演奏:東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団
ヴァイオリン:アントン・バラコフスキー
テルミン:カロリーナ・エイク
詩人:イヴァン・ウルバン
人魚姫/詩人の創造物:シルヴィア・アッツオーニ
エドヴァート/王子:カーステン:ユング
ヘンリエッテ/王女:エレーヌ・ブシェ
海の魔法使い:オットー・ブべニチェク
(2009年2月12日 NHKホール)

2009年バレエ界最大の話題になること間違いなしのジョン・ノイマイヤーハンブルク・バレエ来日公演が開幕した。東京公演の初日は『人魚姫』である。2005年にデンマーク・ロイヤル・バレエにて初演、2007年に改訂されハンブルク初演が行われた。アンデルセンの童話に基づきつつ独自の着想を織り込み新しい世界を創造している。
まず注目されるのは、アンデルセンその人を思わせる詩人を登場させたこと。冒頭、詩人は船上にて愛するエドヴァートと花嫁ヘンリエッテの結婚式を思い浮かる。悲しみの涙は海へと流れていく。エドヴァートへの憧憬の想いが海底で人魚姫へと変わる。詩人と人魚姫の悲しみが一体となり物語が進行する。近年明らかになった、アンデルセン自身の苦悩の愛が創作に反映されたという事実をモチーフにしているようだ。
ノイマイヤーといえば今回の来日公演でも上演される不朽の名作『椿姫』のように人間心理の綾を微妙繊細に描き出す手腕にかけて定評のあるところ。人魚姫の叶わぬ愛の哀しみや魔法使いたちに尾ひれをはぎとられる際の痛切さはとても舞台上の出来事とは思えない。ことにタイトルロールを踊ったアッツオーニがとびきりの名演で、海底の場面における水色の長袴を自在に捌いての踊りは見物である。昨年度ブノワ賞の最優秀女性舞踊手賞を獲得したというのも頷ける圧巻の出来ばえだった。憂いを帯びた詩人役のウルバンや歌舞伎の隈取をほどこしたようなメイク姿の海の魔法使いを快演したブべニチェクの健在もファンには嬉しい。ノイマイヤー作品を観るたびに、振付の良さはいうまでもないが、それを生かすも殺すもダンサー次第ということを痛感させられる。
人魚姫のものをはじめ多彩なコスチューム、波間をあらわした息をのむように美しい照明など細部に至るまでの緻密で揺るぎない仕上がりにも感嘆させられた。音楽もオリジナルで、テルミンも用いられる刺激に富んだもの。バレエは総合芸術といわれるが、優れた振付家とよばれるには同時に卓越した演出家でもあることがもはや必要条件といえる時代だ。独自の世界観を構築し、それをどう魅せるかが問われる。その意味において、ノイマイヤーは巨匠にして先端を走っている存在といえるのではないか。
奥深く、様々の見方、解釈が出来るのも特長だ。長袴の衣装などノイマイヤーと交流がり同じく日本文化に造詣の深かったベジャールの「ザ・カブキ」などの延長上に捉えるとより斬新な使い方をしており興味深い。詩人と同姓の愛人、その妻という三角関係はアンデルセンのそれだけでなく、ノイマイヤーの敬愛するニジンスキーを愛したディアギレフのそれを想起させたりもする。バレエ史の記憶も随所に感じさせる。とはいえ高尚な、バレエ愛好家や文学愛好家向けのバレエでは決してない。人魚姫の報われない愛や詩人の苦悩には誰しもが共感するだろう。観るものの思考を促し、同時に感情に激しく揺さぶりをかけるのがノイマイヤー芸術の魅力。一見に値する秀作である。