草刈民代と「エスプリ」

日本でもっとも著名なバレリーナのひとり草刈民代が先日「エスプリ」と題されたガラ公演を最後に現役引退しました。昨夏すでにガラの開催と引退を表明しており、相当な決意をもって自らの進退を決意したようです。まだ踊ろうと思えば踊れる可能性はあったにもかかわらず引退という道を選んだのは、草刈の美学のなせる業でしょう。
さて、引退公演「エスプリ〜ローラン・プティの世界〜」は、20世紀フランスの生んだ巨匠ローラン・プティ作品を集めたガラ。以前(2006年)にも草刈はプティ作品による「ソワレ」と題されたガラを企画・プロデュース・出演しています。公演パンフレットにおいてバレエ評論家の守山実花、草刈の公私にわたるパートナーの映画監督・周防正行両氏が指摘しているように、「ソワレ」がプティ作品の入門編とすれば「エスプリ」はプティならではの洗練と美の世界をより奥深く多彩に味わえる構成となっていました。
草刈とマッシモ・ムッルによる鮮烈な愛と死のドラマ『アルルの女』にはじまり、タマラ・ロホ&リエンツ・チャンによる『ノートルダム・ド・パリエスメラルダとカジモトのパ・ド・ドゥ、アンナ・パブロヴァとドミニク・カルフーニに捧げられた魅惑の作品集『マ・パヴァロヴァ』より「タイス」(ロホ&チャン)「ジムノペディ」(草刈&チャン)と美的感覚に溢れつつ濃厚なドラマを展開するプティならではのピースがまず基本。プティの片腕ルイジ・ボニーノが踊る『ダンシング・チャップリン』よりの2曲や最後を飾った椅子とテーブルを小道具に踊る『チーク・トゥ・チーク』(草刈&ボニーノ)では軽妙洒脱で会場を盛り上げます。さらにプルーストの小説をモチーフにした『プルースト 失われた時を求めて』からは社交界の華の愛を描く「ヴァントイユの小楽節」(ロホ&イーゴリ・コルプ)、男同士がデカダンな愛を交わす「モレルとサン=ルー伯爵」(ムッル&コルプ)と全篇の白眉といわれるパートを配してその精髄の一端を紹介。さらに“切り裂きジャック”を主題とした『オットー・ディックス』より(草刈&コルプ)、ハープとチェロによる編曲にのせ奇体な振付で踊る白鳥の王子のソロのあと王子と“彼女”のアダージョの続く『白鳥の湖』よりと日本初演の演目もあって日本の観客にプティ作品の多彩さを伝えていました。卓越した心憎い構成、草刈のプロデュース能力の高さは誰しもが認めざるを得ないでしょう。
草刈は引退後、演技の道に進む意向のようです。映画「Shall we ダンス?」主演によって一躍スターダムとなった草刈ですが、知名度と実績をいかしてバレエ公演のプロデュースを続けてほしいという声もあります。ただ、草刈自身は間をおきたいようです。踊りながら演じながらその片手間にプロデュース出来るほど甘くはないことを草刈は肌で感じているのでしょう。よりさまざまの経験を積んだ上でバレエの世界に携わることが期待されます。ストイックに自身の道を追求する草刈の今後が注目されるところです。


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