「ダンス創世紀」、冨士山アネット、GENESIS ART COMPANY、Roussewaltz

5月下旬に行われた創作・コンテンポラリー系の公演のなかからいくつかの感想を。
プロジェクト直「ダンス創世紀2009」
舞台音響の山本直がプロデュースする企画。チラシにおいて舞踊評論の大御所・山野博大が推薦のコメントを寄せていますが、モダンダンス系の実力派中堅・若手を取り上げ定評があります。今回は旗野由紀子、田中いづみ、渡辺麻子、高瀬多佳子、服部由香里、有馬百合子の作品が上演されましたが、私的に注目したのは田中、渡辺、高瀬作品でした(上演順)。田中いづみ『涙の中にみえる』は、バレエ「白鳥の湖」の音楽を用い、黒の衣装を来た女たち6人が女性の抱える根源的な哀しみのようなものをときに繊細にときに力強く描き出しました。田中の磁力ある独舞、杉山美樹や所夏海らの確かな技量に裏打ちされた群舞も見応えがあり、「テーマをわかりやすく伝える」という田中の美点が活かされていたように思います。渡辺麻子『The Cage』は、赤い大きな鳥かごを思わせるオブジェが目を惹きます。3人のダンサーによるパフォーマンスですが、緻密に練られた構成、群舞の配置の妙も相俟って手堅くまとめられています。高瀬多佳子『空庭』は4人の若手による群舞もありましたが、高瀬の、ギターのAYUOの生演奏にあわせたシャープにして流動感に富んだ踊りが圧巻でした。過度に自己主張したりナルシズムに溺れることなく緩急自在。上善水如、という言葉を想起させるような清冽さを湛え、極上のダンスのみがもたらす深い感銘をあたえてくれました。
(2009年5月22日 北沢タウンホール)
冨士山アネットpresents『Romeo.』
ダンスと演劇の境界の先に新たな舞台表現を試みている長谷川寧率いる冨士山アネット。このユニットでは、しばしば文学作品をモチーフに創作を行っており、今回もシェイクスピアロミオとジュリエット」を出発点としているようです(偶然、その直前にデンマーク・ロイヤル・バレエ団によるジョン・ノイマイヤー版『ロミオとジュリエット』を観たばかりでした)。女性1人と男性5人をめぐるコミニケーションのズレを描き、同じようなシチュエーションを繰り返す等重層的に舞台が展開していきます。演者は演劇畑中心、格闘技の技を導入したかのようなハードで変化に富んだ動きを連ねつつ人物間の機微・関係性を浮き彫りにしようとしています。当初から舞台美術、映像、音響等にも力を入れおり、回を追うごとに洗練されクオリティがあがっているのも実感できます。各要素の質は低くなく、コンセプトもまずまずしっかりしている。短期間で表現の質を上げ、制作条件も向上させた長谷川の制作力の高さは若手のなかでは水際立ったものです。ただ、「どうしてもこれを語りたい、表現したい」という強烈なパッション・核がもっと伝わってくれば表現により切実さが増すように思います。ウェルメイド、パズル的要素もあって楽しめる人もいるでしょうし失点も少ないといえるのですが・・・。贅沢な希望でしょうか。
(2009年5月23日 川崎市アートセンター アルテリオ小劇場)
GENESIS ART COMPANY『HEDGEHOG’S DILEMMA(僕に話しかけないで 僕に触れないで 僕を独りにしないで)』
GENESIS ART COMPANYは“ダンス・映像・書道・絵画・音楽を有機的に融合(Complex)した新しい価値観を神戸から発信する為に結成されたパフォーミングアーツ集団”。主宰の中田一史は、貞松・浜田バレエ団出身でミラノ・スカラ座バレエ学校に東洋人としてはじめて入学し、主席卒業した逸材です。ミーシャ・ヴァン・ヌック・バレエアンサンブルやサンティアゴ市立歌劇場バレエに所属、ベジャール、マクミラン、クランコ作品等を数多く踊っており、正真正銘の実力派。2007年に帰国、フラメンコの蘭このみとの共演など大舞台も踏みつつ、郷里の神戸においてバレエにとらわれない自由な発想からの創作を目指してユニットを立ち上げました。旗揚げ公演では、ヒトの孤独をテーマに、ダンスのみならず多様な表現を絡めて描いていきます。振付は、コンテンポラリー中心にインプロも織り交ぜ、音楽はアルヴォ・ペルトからキャンディーズの歌謡曲まで変化に富んだ選曲。映像や照明効果等が振付や音楽に拮抗してより高い次元へと昇華するには回を重ねていくことが必要に思われましたが、伝えたい主題を衒うことなくストレートに伝えようとする真摯な姿勢、やや欲張りとはいえ、あの手この手で多層的な舞台空間を生み出そうとする気概は末頼もしい限り。ダンサーも、ナイーブな感性の光る中田はじめ堤悠輔、石井千春、植木明日香ら若く活きのいい才能が揃っています。昼夜2回公演がありましたが、多くのリスクを抱えながらも単独で規模の大きな公演を打ち、妥協のない創作を目指した心意気にも拍手。関西のパフォーミングアーツ界に大きな地殻変動を起こす可能性を秘めた集団になっていくかもしれません。
(2009年5月24日 KAVCホール)
Roussewaltz「echo」
内田香の主宰するRoussewaltzでは、近年、劇場での自主公演や合同公演への参加に加え、小空間でのパフォーマンスを行っています。今回の「echo」では、内田の振付作品のほかメンバー作品も発表され充実した、そして楽しいイベントとなっていました。前半はまず内田の名ソロ『ブルーにこんがらがって』。抜群の技量を駆使、シャンソンにのせたクールにして色気のあるダンスは、内田の名刺代わりです。若手の伊東由里のソロ『そして骸になり・・・』は選曲・衣装含めた濃密な世界観を示していて進境をみせました。中軸の所夏海は代表的ソロ『Black Dahlia』を披露。ダイナミックにして優雅、この人ならではの踊り心が横溢しています。Emilyは自身も踊る群舞『I know you are beautiful...』を発表、内田ゆずりの繊細な感受性が生きた好ピースでした。後半は内田作品『echo』。女の子たちの日常風景をクールにセンスよく描き出していきます。とはいえいつも以上に、よりカジュアルに普段着で踊っている感じがして、観ている方に心地よさをあたえます。皆でスナック菓子をポリポリかじる景などユーモアもあり、かなり打ち砕けた雰囲気。内田も若手のなかに入って嬉々と踊っていて、これまでにない開放感ある表情とダンスが印象的です。内田と仲間たちのプライベートパフォーマンスといった趣、小さな空間でダンサーたちとともに過ごす密なる時間を満喫できました。
(2009年5月30日 六本木・Super Deluxe)