『ロミオとジュリエット』、クルベリ版を中心に

創立60周年を迎えた谷桃子バレエ団が先日、ビルギット・クルベリ(1908〜1999年)振付の2作を上演しました。クルベリは、スウェーデンが生んだ女傑、『ジゼル』等の読み換え版によって知られる異才マッツ・エックの母親でもあります。谷バレエ団では、1980年に『ロメオとジュリエット』(1969年)を、1989年には『令嬢ジュリー』(1950年)をレパートリーに加え折に触れて再演を重ねてきました。愛なき性の交わりの果ての悲劇『令嬢ジュリー』においてタイトルロールを踊った高部尚子の神懸ったような名演も心に残りましたが(7月5日夜)、ここでは『ロメオとジュリエット』をについて触れます。
クルベリ版『ロメオとジュリエット』は、おなじみセルゲイ・プロコフィエフ曲を再構成、1時間弱にまとめています。キャピレット家とモンタギュー家をそれぞれ青と赤の衣装で分け、両家の対立の構図を鮮明に。ジュリエットの従兄弟ティボルト、ロミオの親友マキューシオ以外は脇役も省かれています。簡素化、シンボリックな構成が特徴。ロミオとジュリエットの出会いからふたりの死に至るまでがドラマティックに描かれます。悲劇が永遠の愛の賛歌へと昇華される幕切れが感動的です。振付は重心の低い動きや意想外のフォルムを多用。「この母にしてエックあり」と思わせられる異色のものです。
プロコフィエフ曲によるダンス版『ロミオとジュリエット』では、作曲から4年後に上演されたラブロフスキー版(1940年)が最初の傑作といわれます。演劇性が高く古式ゆかしい趣が得難い。キーロフ・バレエが第二次世界大戦後、シェイクスピアのお膝元で演劇の国、英国で上演するや否や大反響。英国中心とした欧州に物語バレエの新潮流を生むきっかけになります。1958年にはジョン・クランコが、1965年にはケネス・マクミランが振付け、人間心理の綾を微細に描き物語バレエの可能性を広げます。ジョン・ノイマイヤー版(1974年)もクランコらの流れを汲むもの。ただ、これらにはクラシックの規範を崩した動きや創意あるアイデアはあるものの重厚長大なグランド・バレエです。1幕ものにしてドラマの展開・舞踊スタイルともモダンな感覚に富むクルベリ版は、当時、斬新なものと受け止められたのは想像に難くありません。ベルリオーズの音楽と劇中劇という手法を用いたモーリス・ベジャール版(1965年)と並び、ダンス版『ロミオとジュリエット』上演史における画期的作品だと今回思いを新たにしました。
クルベリ版以後の展開も端折ってみてみます。近年のモダン〜コンテンポラリーの流れのなかで極めつけといえるのがヌーベルダンス出身のアンジュラン・プレルジョカージュ版(1990年)。ダークなSF風の舞台意匠が大胆、振付にも創意あり大成功を収めました。ノイマイヤーのもとで学び物語バレエの旗手と目されるジャン=クリストフ・マイヨー版(1996年)は洗練された演出・振付が人気です。昨年日本初演され絶賛を浴びたのがナチョ・ドゥアト版(1998年)。マイムを排し動きで語る手法を貫いたものでした。ドゥアトはかつてエックのもとで踊っており、振付にエックの影響も見て取れる。クルベリからすればドゥアトは孫弟子的存在。20世紀舞踊史の流れを感じずにはいられません。