貞松・浜田バレエ団特別公演「創作リサイタル21」

ジョージ・バランシン『セレナーデ』、オハッド・ナハリン『BLACK MILK』、イリ・キリアン『6 DANCES』という近現代の巨匠振付家作品を一挙上演(併演:長尾良子『セ・シ・ボン』。関西のみならず東京でもお目にかかれない意欲的なプログラムであり、地元のバレエ関係者はもちろんのこと東京からも評論家はじめ関係者が何人も来場していました。「創作リサイタル」抜きに日本のバレエ・シーンを語れないといっても過言ではないほどであり、わが国のバレエ界における重要な定例公演となった感すらあります。
総じて水準の高い上演でしたが、ことに『BLACK MILK』(再演)の出来ばえに唸らされました。ポール・スマドベックのマリンバ曲にのせ、上半身を露にした5人の男性舞踊手が秘儀思わせる営みを行います。順々にバケツからすくう泥を顔になすりつけていく場など鮮烈な印象を残しました。振付は緩急織り交ぜられつつトーンを保たねばならないハードなもの。バレエダンサーが踊ると硬くなりがちなところを、貞松正一郎以下のダンサーたちはしなやかさ・滑らかさと強度を兼ね備えた卓抜したダンスを繰り広げました。初演時の好演によって文化庁芸術祭新人賞を得た武藤天華は前回感じられた肉感性こそ影を潜めたものの成熟が加わり、今回新に踊った堤悠輔は欧州のコンテンポラリー・ダンスの前線で踊ってきたキャリアを誇るだけに卓越した技量を発揮していました。海外作品の受容として掛け値なしに群を抜く完成度だったと思います。
キリアンの日本初演作品『6 DANCES』は、巨匠の膨大な作品群のなかにおいて『シンフォニー・イン・D』『舞踊学校』『バースデイ』等の系譜に連なるものであり、喜劇性の強い作品。モーツァルト「6つのドイツ舞曲」に振付けられた異色作です。女性4名、男性4名が顔を白塗りにしたり、かつらを被ったりして踊ったり、果ては巨大な黒のスカートを着けて現れたりと意表をつく展開。振付もダンス・クラシックをベースにしつつかなり崩したものであり機知に富んでいます。コミカルな動きやデフォルメされた衣装・空間設定が目を惹きますが、諧謔味ある演舞と表裏一体のところに人生の哀しさや厳しさを秘めた奥の深さが魅力的。そのニュアンスは十分に伝わってきました。客席は爆笑の連続でノリがよかったですが、初見ということもあってか奇抜な意匠や展開に過剰に反応していた感も。これは回を重ねて上演していけば、より作品の奥深さが伝わっていくのではないでしょうか。団の名刺代わりのレパートリーのひとつとなるかもしれません。
バランシン『セレナーデ』は昨年春にバレエ団初演して以来の再演。バランシンのアメリカ第一作であり、バレエ学校の生徒のための創作でしたが、以後のバランシン・スタイルを内包し、オフ・バランスや緩急の切り替え等は現代のバレエ作品への萌芽を感じさせます。古典と現代バレエの分水嶺的作品。古典作品に加え、キリアン、ナハリンのほかユーリ・ン、スタントン・ウェルチ、ティエリー・マランダイン、森優貴といった現代第一級の振付者の作品を取り上げている貞松・浜田バレエ団が上演する意義は大変に深いものがあるのでは。同作は首都圏の大手バレエ団がほぼ軒並み上演していますが、振付指導のほとんどはパトリシア・ニアリー。貞松・浜田バレエ団では、バランシン・トラストからジュディス・フューゲイトを招いて取り組んでいるのが注目されます。今回の再演にはフューゲイトは来日できなかったそうで、仕上がりを心配していましたが、杞憂に終わりました。主軸を踊った瀬島五月は踊りに関して前回よりも安定感が増し音も取れ、正木志保、竹中優花は初演時同様隙のない踊り。群舞も整然と揃っていました。日本の団体の上演では、群舞はよく揃い振付も見事に再現されてはいても淡々として物足りなく感じることも(例外として牧阿佐美バレヱ団の上演を挙げておきます)。その点、今回は、女性三人と男性二人のソリストたちの踊りから色濃くドラマが浮き彫りになる点、群舞が緩急の切り替えをしっかり行っていた点が長所に感じました。感度の高い踊り手が揃うだけのことはある。今後、あらためて指導者を迎え細部の表現を磨き上げ、オーケストラ付での上演も実現すればと夢が膨らみます。
巨匠三作品の陰に隠れがちですが幕開けに上演された『セ・シ・ボン』(再演)が今回ことのほか面白く感じられました。「セ・シ・ボン」や「幸福を売る男」といったシャンソンの名曲メドレーにのせ、若手団員を中心とした踊り手の個性や踊る喜びが手に取るように伝わってくる佳品です。でんぐり返りをしたり、お尻を振ったり、バタバタ走ったり、腰を落として人形ぶりをしたりといったアンサンブルの動きが楽しく目が離せません。いっぽうで「さくらんぼの実る頃」にのせ竹中優花と弓場亮太の踊る情感豊かにして清澄な美しさのあるアダージョが人生の哀歓を見事に語ります。「創作リサイタル」スタート時は、団員の創作を上演するのが主なる目的であり、また観客と今という時間を共有したいという願いがこめられていたとのこと。世界的振付者の創作を踊りこなすに至る絶頂期を迎え、栄耀栄華を誇りながらも、団員による優れた創作を発信し、観客にダンスを観る喜び楽しさを伝える――原点を忘れない姿勢をしっかり打ち出すところに、主催者の一途なまでのバレエへの情熱が強く感じられるといえるのではないでしょうか。
トッププリマの上村未香、ラインの美しさ際立つ吉田朱里が今回お休みであったものの『セレナーデ』『6 DANCES』の瀬島、『セ・シ・ボン』『セレナーデ』の竹中を中心に相変わらずの団員の層の高さを見せ付けました。作品ごとに多彩な貌をみせ多くの観客の目を惹くドラマティック・バレリーナ瀬島は“神戸のヴィシニョーワ”。研ぎ澄まされ淀みない流麗なダンスと高い表現力を持ち味とする竹中は“神戸のロパートキナ”。勝手にそう形容していますが、それはさておいて、両者は好対照ながらともに実力者であり、しかもまだ若いだけに、さらなる飛躍が期待されます。さらに、それに負けじとベテランプリマの正木、進境目覚しい廣岡奈美がしっかり存在感を示しました。男性陣もベテランから若手まで適材適所の配役。既存の優れた現代作品には少人数での上演のものが少なくなく、人材豊富なカンパニーとしては悩ましい問題でしょう。今後も新旧さまざまの創作を上演しつつ層の厚い人材を余すことなく使い切っての公演活動が望まれます。また、東京公演も期待したいところ。2002年、2007年には、こどもの城・青山劇場の招聘によってユーリ・ン『眠れぬ森の美女』、ナハリン『DANCE』を上演しています。近い将来、再び東京の観客の前で作品上演してほしいと願わずにいられません。
(2009年10月10日 神戸文化中ホール)