伝統ある牧阿佐美バレヱ団の『くるみ割り人形』上演

今年も『くるみ割り人形』上演ラッシュが始まりました。首都圏はもとより名古屋や関西でも歳末おなじみの光景ですが、いつから始まったのでしょうか。業界紙「音楽新聞」の発行人であり日本の洋舞史の生き字引であった故・村松道弥は「私の舞踊史」において記してします。牧阿佐美バレヱ団1962年12月公演にふれて“これが年中行事となって他のバレエ団も競って年末に『くるみ割り人形』を上演するようになった”。牧阿佐美も「バレエに育てられて-牧阿佐美自伝」においてそれを引用しつつ牧の母・橘秋子が日本のバレエ界に遺した雛形のひとつと自負をこめて語っています。そんな伝統を誇る名門・牧阿佐美バレヱ団の『くるみ割り人形』が今年も上演されました。


現在上演しているのは2001年初演の三谷恭三版。オーソドックスな展開と古典の品格を堅持しつつ団の誇る質の高い踊り手の力量を存分に発揮させています。その姿勢がもっとも顕著なのがドロッセルマイヤーの甥役を設けたことでしょう。若手男性のホープたちが踊るおおきな見せ場。傘下の橘バレヱ学校や広い視野から日本の児童バレエの底上げを図ってきた日本ジュニアバレヱから育ってきた踊り手が子役から年々ステップアップしてさまざまの役を踊ります。主役・ソリストはもちろんのこと群舞から子役まで演者の隅々に至るまでが作品の精髄を知り尽くして踊っているのが感じられる。古典を正しく上演し芸術的なクオリティを保証しつつ踊り手たちの力量を伸ばしていくことのできるのは、このプロダクションの面目躍如たるところ。バレエ団は生きものといわれます。優れたダンサーが揃わなければ衰退してしまう・・・。幼少からの一貫教育に加え、芸術性高い舞台を通して踊り手が成長飛躍する体制がとられていることこそ、常なる団員の層の厚さ・技量の平均値の高さにつながっているのではないでしょうか。
今年は3日間4公演が行われ2回を観ました。金平糖の精、王子、雪の女王を田中祐子/菊地研/吉岡まな美、坂本春香/清瀧千晴/日高有梨がそれぞれ踊った回です。前者はベテランや主役経験ある人ばかりなので安心してみていられました。ことに田中の、一瞬にして場を支配する貫禄ある演技はさすが!菊地、吉岡もみせどころを心得た舞台さばきも光ります。後者の若手、主役デビュー組も大健闘。ソリスト役での抜擢の目立っていた坂本は大役を無事務め、伊藤友季子・青山季可に続く若手気鋭として期待できますし、日高は伸び伸びとした踊りとしっかりとした存在感をみせました。清瀧はボリショイ・バレエでの研修から帰り一段とスケールを増した感があります。ポジションがきっちり入って脚先もきれいですが、若さに似合わぬ抜群のサポートとステージマナーのよさにも唸らされました。ソリスト、群舞を踊った若手のなかにも目を惹くひとが少なくなく、女性陣は言わずもがななうえに男性は粒ぞろい。総監督たる三谷やバレエマスターの小嶋直也の指導よろしきを得てなのでしょう。2007年秋に上演された三谷プロデュース「ダンス・ヴァンテアン」の際の若手の大活躍が強く印象に残っていますが、あれから2年、彼らの更なる進化を感じて嬉しくなりました。
(2009年12月12日昼・夜 ゆうぽうとホール)


バレエに育てられて―牧阿佐美自伝

バレエに育てられて―牧阿佐美自伝