追悼:物語バレエの巨匠アンドレ・プロコフスキー

井上バレエ団が冬恒例の『くるみ割人形』を上演しました。上演25周年記念、2日間3回公演のトリプルキャストが組まれ、最終回の島田衣子&石井竜一主演の回を観ることができました。その際の公演プログラムにバレエ史家で日本バレエ協会会長の薄井憲二が「さよなら、アンドレ」という一文を寄せていました。公私共に交流のあった振付家アンドレ・プロコフスキーへの哀惜の念がこめられたものです(今年8月死去)。

プロコフスキーは1939年にロシア人の両親の下、パリに生まれました。大変なテクニシャンとして鳴らし、1950年代後半にはロンドン・フェスティバル・バレエのプリンシパルとして踊ります(後年復帰)。1963〜67年までニューヨーク・シティ・バレエにも所属しました。1962年にガリーナ・サムソヴァとニュー・ロンドン・バレエを設立したことでも知られましょう。後年は振付家としても活躍。ロシアの古典バレエの形式を尊重したストーリー・バレエの数々は世界各地のカンパニーのレパートリーとなりました。
わが国では、日本バレエ協会と法村友井バレエ団が『アンナ・カレーニナ』を、牧阿佐美バレヱ団が『三銃士』を上演。井上バレエ団では、前身の「井上博文によるバレエ劇場」時代から交流を重ね、2004年には『ファウスト・ディヴェルティメント』『ロミオとジュリエット』の2作上演の機会もありました。プロコフスキー作品は、振付技法や舞踊語彙自体は決して新しいものではないのですが、野暮ったさは微塵もありません。シンプルゆえに踊り手が感情をこめる余白を生み出しているのが魅力的。踊り手によって変化にとんだ色彩を放つ。それこそが世界各国で上演される理由にほかならないでしょう。巧みな編曲や劇的にドラマを盛り上げる演出手腕も相まって、見るものを物語の世界へと引きずりこみます。私も大好きです。『三銃士』ほど痛快で楽しめるバレエはなかなか見当たらないのでは。法村友井の『アンナ・カレーニナ』初演(2006年)は振付者自身の指導による熱のこもったものであり、近年類を見ないほどの神懸ったようなすばらしい出来栄えに興奮。井上バレエ団による2作も仕上がりよく感動を覚えました。
気になるのはプロコフスキー作品の行方。『三銃士』は来年2月に牧阿佐美バレヱ団の上演がすでに決まっており、前述のプログラムの一文によるとアメリカの地方都市バレエ団とも契約はできているとのこと。しかし、その後は、どうなるのでしょうか。フリーの振付者であったため作品継承には不安が残ります。版権を管理し、正しく振付が継承されていくことが望まれます。幸い、日本で上演されたプロコフスキー作品は好評を博しており、各団体にとっても大切なレパートリーといえるでしょう。ぜひ再演を重ねてほしいもの。いや、日本でこそ作品が護られるのではないでしょうか。実際、今秋大阪で行われた法村友井バレエ団『エスメラルダ』公演のプログラムにおいて法村牧緒は『アンナ・カレーニナ』を今後も上演し続け、機会があれば『ドクトル・ジバコ』等の日本未上演作品を紹介したい旨を記しています。巨匠の死に改めて哀悼の意を捧げるとともに、その作品が上演され続けることを願わずにはいられません。(敬称略)