地域で生まれ地域で愛される『くるみ割り人形』たち

11月の半ばから各地で毎年恒例となっている『くるみ割り人形』が上演が続きました。今年は新国立劇場が開場以来十余年にわたって上演してきたマリインスキー劇場経由のワイノーネン版から芸術監督の牧阿佐美が新たに改訂したヴァージョンを新制作したこともあり、各団体の競演が一層注目されました。このblogでも牧阿佐美バレヱ団、松山バレエ団という、老舗大手名門のこだわりある「くるみ」について取り上げましたが、ここでは地域に根ざした活動を展開する団体の公演を取り上げましょう。以下にあげる団体の活動は、地域で活動し、地域に愛される活動を続ける、公益性のある活動をしている芸術団体であり、その仕事はより広く知られていいと思います。
多摩シティ・バレエ団
主催:多摩市バレエ連盟、財団法人多摩市文化振興財団による公演。オーディションによるキャスティングに加え、第一線で活躍するソリストをゲストに迎える隔年で開催されてきました。芸術監督:片山満子(多摩シティ・バレエ団代表)、演出・振付:青田しげる(東京シティ・バレエ団)。金平糖の精:酒井はな、王子:李波という豪華キャストを配しているのが魅力的ですが、1幕の子どもたちの演技もよくこなれ、入念なリハーサルの後がうかがえるものでした。総指揮を執った片山は自らのスクールでの指導のほか多摩市民バレエを20年にわたって開催、また、「さがみ湖野外バレエフェステバル」の上演に際しても中心的役割を果たすなど地域文化への貢献が目覚しく、その功労に対し先日多摩市から表彰を受けています。プロとジュニアが一体となってつくり上げる醍醐味が如何なく発揮された、まとまりのある上演として楽しむことができました。
(12月5日 パルテノン多摩大ホール)
バレエシャンブルウエス
牧阿佐美バレヱ団の数々の舞台で主役を踊ってきた今村博明&川口ゆり子の創設したバレエシャンブルウエスト。前身のユース・バレエ時代から八王子市を拠点に都心の劇場での公演、また、最初期から山梨県清里高原において「清里フィールドバレエ」も行って多くの観客を魅了してきました。『くるみ割り人形』はカンパニー創設の際の演目でもあり、清里での舞台を含め長年途切れることなく上演されています。主役も川口&今村だけでなく若手をどんどん抜擢し、今回も3日間4公演日替わりキャストでの上演でした。所見日は金平糖の精:山田美友、雪の女王:若林優佳。若手が健闘を見せていました。ロシアの工房に特注したという舞台装置(クリスマスツリーの大きさは国内最大級でしょう)をはじめとしてすべてにおいてシックな雰囲気を保ちつつファンタスティックにまとめ上げた夢のあるステージがここの魅力。雪の精たちの群舞も丁寧に仕上げられ息が合っており見ものでした。演奏は堤俊作指揮:俊友会管弦楽団
(12月18日 八王子市芸術文化会館いちょうホール)
東京シティ・バレエ団+ティアラ“くるみ”の会
日本初の合議制バレエ団として古典と創作をバランスよく上演してきた東京シティ・バレエ団。20年以上にわたり江東区において『くるみ割り人形』を上演し続けてきました。1994年、区との芸術提携を結んで以後はティアラこうとうを会場とし、同じく江東区の芸術提携団体の東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団ともタッグを組んでいます。子役たちをオーディション選抜しており、子役で出ていたジュニアが成長し、バレエ団に入って主役等を踊るケースも珍しくなくなってきました。石井清子の演出・振付は演劇的にも音楽的にも練り上げられ完成度の高いもの。今回は公開リハーサルを見させていただきました。今回の公演プログラムにも記されていますが、近年はリハーサルを区内の障がい者団体に公開しているようです。3日間公演の中日の午前中に始まり、当日本番で踊るキャストでの上演。テープ演奏でしたが、石井ならではの音楽的で観ていて心地いい振付をプロ・ジュニアのダンサーがよくこなしており堪能しました。
(12月19日 ティアラこうとう大ホール 公開リハーサル所見)
貞松・浜田バレエ団
兵庫県・神戸の地を拠点に活動を続ける貞松・浜田バレエ団。近年は、内外の創作バレエ、コンテンポラリーの名作・秀作を上演して好評を得ていますが古典バレエに関しても長年研究を続け独自の版を上演しています。「くるみ」に関しては20年ほど前から上演する「お菓子の国ヴァージョン」に加え、2005年から「お伽の国ヴァージョン」も併演しています。大きな相違は前者がクララがグラン・パ・ド・ドゥまで踊るのに比し後者はそれぞれ別ダンサーが踊る点。今年は2日目「お伽の国ヴァージョン」をみました。今秋の『ジゼル』全幕の振付・演出を担当し、血の通った完成度高いものに仕上げ、今回、初日は指導に専念したという貞松正一郎がドロッセルマイヤーを務め舞台を引き締めます。グラン・パ・ド・ドゥは瀬島五月とアンドリュー・エルフィンストン。ここで瀬島は圧巻のパフォーマンスを見せました。一瞬にして場を支配するプリマの品格、胸元のゆとりたっぷりでラインも優美な抜群の表現力。音楽性も特筆すべきで、御法川雄矢指揮のロイヤルメトロポリタン管弦楽団の好演奏を得て夢のような時間が現出しました。神戸市民文化振興財団との共催で地元に根付きいつも大入りのようです。近年は文化庁助成も得ています。関東圏でもそうお目にかかれないような非常にクオリティの高い舞台を安価で定期的に地域の観客に提供していることには頭が下がるばかり。
(12月20日 神戸文化大ホール)
松岡伶子バレエ団
東海地区/名古屋を代表するバレエ団である松岡伶子バレエ団。「くるみ」に関しては2年に1度、地元放送局の企画するCBC文化セミナー公演としての上演を担当してきましたが、今年は本公演としての2回上演と併せての3回公演でした(所見は最終日)。竹本泰蔵指揮:セントラル愛知交響楽団の演奏付。これまでは松岡自身の振付・演出で上演してきましたが、今回は同バレエ団を長年にわたって指導する元キーロフ・バレエのプリマ、ナターリャ・ボリシャコーワとの共同振付となりました。クララと金平糖は別のダンサーが踊るとはいえ全体的にはキーロフ版を踏まています。1幕のねずみたちの出てくる場や2幕のキャンディの場は松岡の振付。ジュニアたちの愛らしさを引き出しています。この日の主演は松原帆里&窪田弘樹。場数を踏んだベテランらしい演技が光りました。海外のバレエ団や地元で活躍する多くの優れた踊り手を輩出している団だけに、ソリスト、群舞さらにはジュニアのなかに明日の、未来のプリマがいると思うと、隅々にまで目がいってしまいます。ロシア経由の大掛かりな装置や大劇場の舞台機構をフルに活かした演出等もあいまって古典らしい品格と豪華な雰囲気が漂いました。次代を担う踊り手を育て、地域の観客に本格的な舞台に親しめる機会を提供する。こういった活動が日本のバレエを確実に底上げしていることを見過ごしてはなりません。
(12月25日 愛知県芸術劇場大ホール)