Vol.1 矢内原美邦

2000年代のコンテンポラリー・ダンス シーンを牽引してきた代表的なアーティストのひとりとして挙げられるのが矢内原美邦(やないはら みくに)。1997年、ダンス、映像、衣装等の各分野で活躍するアーティストを集めたパフォーミング・アーツカンパニー「ニブロール」を結成し代表と振り付けを担当、現代美術や演劇シーンからも広く注目を集める存在です。2005 年には、個人プロジェクト「ミクニヤナイハラプロジェクト」を開始して劇作・演出を手がけ岸田國士戯曲賞最終候補に。ビデオアート作品、インスタレーション制作も手がけ、off nibroll 名義で映像の高橋啓祐とともに活動しています。
矢内原がダンスを始めたきっかけは、高校ダンス部に所属していた姉によって団員不足のため廃部にならないようにと入れられたためというのはよく知られたエピソード。1989年には大阪体育大学に入学、体育学科舞踊専攻第1期であり、創作ダンス部に所属して全国高校・大学コンクールにてNHK賞等を獲得するなど活躍します。卒業後は映像制作に進み、映像学校の仲間たちとニブロールを設立。『林ん家に行こう』(1998年)、『東京第一市営プール』(1999年)などを小スペースで発表し、大きく注目されたのが『駐車禁止』(2000年)でした。「ダンスセレクション2000」の参加作品で、私が最初に観た矢内原作品でもあります。ひたすらぶつかり、倒れ、跳ね、叫ぶ。鬱屈した感情を叩きつけるかのように。激しく衝突し咆哮する身体が痛切な痛みを感じさせながらもせつなさ寂しさがそこはかとなくあってグッとくる。リアルで切実な傑作でした。
『駐車禁止』やその路線をより突き詰め、かつスケールの大きな世界観を展開した『コーヒー』(2002年)などでは、矢内原の振り付けはおよそダンス的といわれるようなものではなく、矢内原のキャリアも含めて邪推すればあえて普通の意味でのダンスに距離を置いている印象でした。ダンサーではない人に踊らせることも多かったのも意図があってのことでしょう。映像や音響と身体表現が交錯し、過剰なまでの情報量あふれる舞台に「いま」をいやが応にも感じさせ若い世代の熱狂的な支持を受けます。ファッションショー『日の丸ノート』(2002年)、演劇公演『ノート(裏)』(2003年)、ダンス公演『ノートwith ATTACK THEATRE』(2003年)と同コンセプトを多角的に表現した「ノート」シリーズの総決算『NOTE』(2003年)、映像や衣装とのコラボレーションが奇跡的なまでにうまくいきニブロール/矢内原の独自の美的センスを極限まで突き詰めた『ドライフラワー』(2004年)、シンガポールや国内各地で上演された『no direction。』(2006年)を経てカンパニー創設10周年を記念して上演された大作『ロミオ OR ジュリエット』(2008年)は総決算にして新展開を見せました。何よりもダンスが前面に出てきたのです。
シェイクスピアの「ロミオとジュリエット」をモチーフに現代を生きる我々が混迷する世界においてパトス的な感情のなかでしか生きえない様を鋭利に描いた作品ですが、従来のニブロール作品よりもダンスらしいダンスが増えたというか、きっちりと踊れる踊り手の強度ある表現が紛うことなき説得力を生んでいたのは確かでした。『駐車禁止』など初期作品のイメージからその児戯的とも評される身体性のみがやや過剰に論者等に取り上げられた観もありましたが、矢内原ほどダンスとは何であるかを意識的であれ無意識的であれ考えてきたアーティストもいないのでは。以下、『ロミオ OR ジュリエット』拙評からの引用です(「オン・ステージ新聞」2008年2月15日号)。

矢内原は高校時代からモダンダンスを学び受賞歴も誇るが初期の『駐車禁止』(2000年)『コーヒー』(2002年)等では踊れる出演者は用いず、反舞踊的な身体を追究していた。が、本作のリーフレットでは臆面もなくダンスへの愛を語っている。実際、今回は比較的踊れるメンバーも投入、アグレッシブな活躍をみせていた。矢内原にとってダンスとは何か。模索はまだ始まったばかりなのかもしれない

そう書いてから2年経ちますが、矢内原の新作『あーなったら、こうならない。』の報が入ってきました。それも「矢内原美邦 新作ダンス公演」と銘打たれて。ニブロール公演ではなく、矢内原の単独ディレクションというのが注目されます。そして、HP等における矢内原の抱負ですが“「ダンスとは何か?」 20年以上問い続けてきたけれど その答えはまだ出ない ダンスを信じて ありふれたダンスから遠く離れたところへ行かなくちゃならない”というもの。ダンスを愛し、ダンスを信じるがゆえに、さらなる高みへと挑戦を続ける矢内原。かつてトヨタコレオグラフィーアワードに出場した際、矢内原=ニブロール=映像等とのコラボレーションというイメージとは裏腹にシンプルな動きを突き詰めて振付けという定義そのものを揺らすような刺激的な作品を出していた際に確信しました。誰よりもダンスとは振付とはという問いに誠実に向き合っているアーティストだと。新作ダンス公演のほか、今年は秋に愛知トリエンナーレにてニブロール新作発表も予定。いま、もっとも見逃せないアーティストという称号に真にふさわしい存在でしょう。
公演予定

Red Brick Contemporary Dance File
矢内原美邦 新作ダンス公演
「あーなったら、こうならない。」

振付・演出:矢内原美邦
出演:カスヤマリコ 陽茂弥 橋本規靖 小山衣美 絹川明奈 永井美里
【日時】2010年
3月5日(金)20:00開演
3月6日(土)14:00開演/20:00開演
3月7日(日)14:00開演
※受付開始は開演の1時間前、開場は30分前
【会場】
横浜赤レンガ倉庫1号館3F ホール
【チケット】1月16日(土)一般発売
前売3,000円/学生2,500円/当日3,500円(全席自由席)
取り扱い:プリコグWEBショップ http://precog.shop-pro.jp/

公演関連情報

precogtube(映像・インタビュー等)
矢内原美邦×伊藤千枝(珍しいキノコ舞踊団)対談

関連LINK

ニブロール公式ホームページ
矢内原美邦の毎日が万歳ブログ

392mikumiku(ニブロールの映像豊富)
すばる文学カフェ ひと

ニブロール「コーヒー」