物語バレエの愉しみ

今月は在京バレエ団が相次いで公演を行い、しかも、競うように物語バレエを上演しました。以下、公演日程順で簡単に触れておきたいと思います。
古典だけでなく長年にわたって創作バレエに力を注いできた東京シティ・バレエ団は中島伸欣・石井清子版『カルメン』を再演。メリメ原作を現代の東京を舞台に換骨奪胎した異色のグランド・バレエであり、現代人の孤独や心の闇を描き出した力作と言えるでしょう。幅広いレパートリーを誇る大手の牧阿佐美バレヱ団はアンドレ・プロコフスキー振付『三銃士』を東京では5年ぶりに再演しました。昨年逝去したプロコフスキーは古典の様式性や技法を重んじつつ多彩な演出を駆使して物語バレエの傑作を生み出しており、『三銃士』はデュマ原作を痛快な冒険活劇に仕上げた会心作。その魅力をあらためて堪能することができました。古典作品の復刻等に精力的なNBAバレエ団はニジンスカ版『ラ・フィユ・マル・ガルデ』を日本初演しました。かつてアメリカン・バレエ・シアターにて初演されたものをブルース・マークスが再振付したヴァージョンであり、おなじみの牧歌的な物語ながらテンポよく機知にとんだ演出がなかなか魅力的でした。
いわゆる古典の代名詞的な演目を取り上げながらも独自の創意をめぐらしたドラマティックなグランド・バレエもありました。森下洋子を擁する松山バレエ団の新『白鳥の湖』は清水哲太郎の振付・演出で毎年のように上演を重ねていますが独自のもの。16世紀のドイツ帝国を舞台に皇女と皇太子の愛を細やかに描き出しつつ中世の歴史のうねりが折り重なり劇的な展開を生みます。壮大なスケール感、スペクタクルが特徴的で異彩を放ち、「新」と銘打つだけのことはある。今をときめくKバレエカンパニーが再々演する熊川哲也版『海賊』はテンポよくスペクタクルを展開しつつダンスの見せ場も豊富。物語の展開がわかりやすく、意外な結末をむかえるなど創意があって楽しめます。
トリを飾るのが東京バレエ団が新制作した『シルヴィア』。アシュトン振付の全三幕の大作であり、ギリシャ神話の世界を舞台にした牧歌的で荒唐無稽ともいえる物語展開と豊富なダンスをがとにかく楽しい。ドリーヴの珠玉の名曲にもうっとり・・・。癒されます。初日(26日)の舞台を見てきましたが、ゲストのポリーナ・セミオノワ&マルセロ・ゴメスのコンビの野生的にして繊細なところを見せるダンスと演技が充実しており、東京バレエ団も『真夏の夜の夢』に続いてアシュトン振付をよくこなしていたのでは。28日にはセミオノワ&ゴメス主演舞台がもう一度。27日には田中結子&木村和夫主演による「マイ・キャスト シリーズ」公演としての舞台があり、低廉な価格で楽しめます(ちなみに公演プログラムに「マイ・キャスト シリーズ」公演のダンサー紹介記事を寄稿しました)。
“人は物語なしには生きられない”。これは、『ラ・ベル』等の斬新な感覚にとんだ物語バレエを発表している異才ジャン=クリストフ・マイヨーが、かつて日本の「ダンスマガジン」のインタビューで述べた言葉です。物語という器に盛られた舞踊ドラマの生み出す真実味とリアリティに時代を超えた多くの観客が惹かれるのでは。アブストラクト・バレエやモダン/コンテンポラリーの創作も魅力的ですが、そういったものばかり見ていると肩がこることも。物語バレエの豊穣な世界に惹かれる今日この頃です。
今年は英国ロイヤル・バレエが来日してアシュトンの『リーズの結婚』、マクミラン『ロメオとジュリエット』『うたかたの恋』を上演しますし、モスクワ音楽劇場バレエのブルメステル版『エスメラルダ』もあります。東京バレエ団が日本のバレエ団としてはじめてクランコ『オネーギン』に挑むのも話題です。新国立劇場バレエ団はボリス・エイフマンの『アンナ・カレーニナ』『牧阿佐美の椿姫』を上演。松山バレエ団森下洋子の十八番の『ロミオとジュリエット』を、創立60周年記念シリーズ展開中の谷桃子バレエ団は『リゼット』のほか望月則彦の『レ・ミゼラブル』を再演。『タチヤーナ』という日本バレエ史に特筆されるべき創作物語バレエを創りあげたバレエシャンブルウエストはグリム原作『おやゆび姫』を都心の大劇場ではじめて上演します。楽しみはまだまだ続きそう。