英国ロイヤル・バレエ『うたかたの恋(マイヤリング)』

来日中の英国ロイヤル・バレエ団公演の目玉は、ケネス・マクミラン振付の大作『うたかたの恋(マイヤリング)』全三幕(6月22〜24日 東京文化会館)だろう。
これは、19世紀末オーストリア=ハンガリー帝国を統治するハプスブルク家の皇太子ルドルフの心中事件“マイヤリング事件”を題材にしたもので1978年に初演された。ルドルフや彼を取り巻く女性たちをはじめとした人間たちによる愛憎劇であり、マクミランならではの濃密なドラマティック・バレエの極点といえる。日本では23年ぶりの上演。3公演のうちの初日を観たが、平日とは思えないくらいの多くの観客を集めていた。
脚本を小説家/脚本家のジリアン・フリーマンが手がけ、音楽はリスト曲を名手ジョン・ランチベリーが編曲するという巨匠の円熟期に相応しい一流スタッフを得ての創作であるが、同じマクミランの『ロミオとジュリエット』『マノン』という神懸った超傑作に比べ一層陰鬱で退廃的であるし、冗長に感じられる箇所がなきにしもあらず。人物関係も錯綜していてドラマの緊密感や完成度という点では少々落ちるのは否めない気もする。しかし、全三幕各々に配された複雑精妙にして劇的なパ・ド・ドゥの卓抜さ、死へと向かって疾走する若者の光芒をドラマティックに描くというマクミラン一流の手腕が存分に発揮されているのには、「さすが」というほかない。一見の価値はあるし、ドロドロとしたマクミラン節の好きなディープな観客には先に上げた2作以上に惹かれるかもしれない。
1889年におきた“マイヤリング事件”に関しては、事件からおよそ40年後にフランスの作家クロード・アネが小説「うたかたの恋」を著し、その後世界各国で何度も映画化された。また、ルドルフの母でドラマティックな生涯を生きた皇太后エリザベートに関しても、さまざまの舞台作品等が創られている。ウィーン発で東宝ミュージカルや宝塚歌劇団でも上演されたミュージカル「エリザベート」はミュージカル・ファンにはおなじみであるし、モーリス・ベジャールシルヴィ・ギエムに振付けた『シシィ』は孤高の存在で美の化身といえるギエムとエリザベートの生が重なる異色の傑作として知られよう。
バレエ「うたかたの恋」は、重苦しい内容であるが、スケール感もあり、バレエ・ファンはもとより演劇・ミュージカルファン等にも訴求できる奥の深さと間口の広さもあるといえる。今後、より評価の上がっていく可能性の高いバレエといえるかもしれない。



ハプスブルク家 (講談社現代新書)

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