『コッペリア』三昧の秋

近年、我が国のバレエ界においてチャイコフスキー三大バレエ、それに『ジゼル』や『ドン・キホーテ』とともにもっともよく上演される全幕バレエが『コッペリア』だろう。パリ・オペラ座で1870年に初演されたこのバレエは、E.T.A.ホフマンの「砂男」に想を得たもので、台本は振付も手掛けたサン・レオンとシャルル・ニュイッテル。ロマンティック・バレエの最後の時代の作品であり、『ジゼル』『ラ・シルフィード』とは違って喜劇的な要素が強い。明るく楽しめる物語とレオ・ドリーブの珠玉の音楽が人気の秘密だろう。諸事情あって初演から間もなく上演されなくなると、マリウス・プティパによってサンクトペテルブルクで命脈を保ち、いまでは世界各地でさまざまの版が上演されている。
今年下半期のバレエ界の話題のひとつが『コッペリア』が相次いで上演されることだ。
まず、最初に、先月、井上バレエ団が10年ぶりの再演を行った。1990年初演時以降、井神さゆり(同作の演技等で橘秋子賞優秀賞受賞)、藤井直子、島田衣子という名花たちがスワニルダを演じてきた団の代表作のひとつ。振付の関直人は、『コッぺリア』を日本初演(1947年)した小牧バレエ団の出身で、フランツ役を持ち役としていた。オーソドックスな流れながら、関の音楽性にあふれる振付の妙味が発揮され、数ある『コッペリア』のなかでも独自の輝きを放っている。第三幕のディヴェルティスマンが眼目で、そこだけを取り出してもシンフォニック・バレエとして一級の秀でた仕上がりだった。
関が活躍した小牧バレエ団の伝統を受け継ぐのが東京小牧バレエ団。2006年、戦後バレエの巨星・小牧正英を喪ったが、小牧の甥にあたる菊池宗が求心力を持って公演活動に邁進し、伝統を受け継ぎつつデラックスな舞台作りを展開している。奇しくも11月に同バレエ団も『コッペリア』を上演する。2007年の小牧の追悼公演で戦後バレエの出発点となった『白鳥の湖』を、昨秋はディアギレフのバレエ・リュス100年に寄せてのミックス・プロで『シェヘラザード』を上演しているが、それらのレパートリーに続いて小牧が我が国に紹介したのが『コッペリア』だ。小牧の遺した仕事を年代順に紹介し未来へ繋ぐ仕事ぶりが心憎い。今回の振付は佐々保樹。佐々は小牧バレエ団では関の後輩にあたり、関同様フランツ役を得意としていた。日本初演版以来の小牧版に基づいての舞台となるようだが、どのように仕上げてくるのか楽しみである。
今秋はそのほかにも『コッペリア』上演が続く。熊川哲也Kバレエカンパニーは2004年に初演され好評を博した熊川版を熊川らの出演で上演する。英国仕込みなだけに、名版の誉れ高いピーター・ライト版なども参照しつつ独自の解釈・演出の際立つバージョン。スピーディで演劇性も高くエンターテインメント性も備えている。大阪の名門大手・法村友井バレエ団もロシア・バレエに知悉した法村牧緒の振付で上演する。スワニルダ/フランツを法村珠里・奥村康祐、松岡愛・今村泰典という関西きっての若手気鋭が競演するというキャスティングが注目される。活気あふれる舞台がみられそうだ。
コッペリア』は発表会でも頻繁に上演される。したがって比較的容易に制作できると思われるがそれは大間違い。舞台美術や衣装に手を抜かないで制作すると相当な経費のかかるバレエなのだ。東京バレエ団代表の佐々木忠次がバレエ団創設初期(1970年代前半だろう)に『コッペリア』を制作しようと考え、本場たるパリ・オペラ座バレエの関係者に相談すると、並のオペラよりも経費がかかると指摘され、断念したという話もある(佐々木著「闘うバレエ」)。キャラクター・ダンスの見せ場も多く、そこをしっかり見せるには優れた人材と徹底された指導が求められる。喜劇的で楽しいバレエだが本格上演は簡単ではない。とはいえ、『ラ・シルフィード』『ジゼル』といったロマンティク・バレエの残り香とプティパによるクラシック・バレエ様式の完成期の挟間の作品ということもあり、スタイルに流動的な面もあって、演出・振付はもとより装置・衣裳に至るまで細かなニュアンスに創意をめぐらすことのできる余地も。振付者・バレエ団のこだわりが見え隠れする。そのこだわりに注目し「コッペリア三昧」の秋を楽しみにしたい。



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