vol.2 森優貴(ヴィースバーデン・バレエ/トス・タンツカンパニー)

現在、欧米のバレエ団やダンスカンパニーで活躍する日本人ダンサーは珍しくない。そればかりか、なかには振付も手掛け成功を収める人も出てきた。ルードラ・ベジャールローザンヌ、リヨンオペラ座バレエ、ヨーテボリ・バレエで踊り、モーリス・ベジャール、イリ・キリアンらに師事した金森穣は、欧州時代からネザーランド・ダンス・シアター2やリヨン・オペラ座バレエにて創作を発表。2001年に帰国し、現在は新潟・Noismの芸術監督としてわが国の舞踊シーンを牽引する存在となった。ハンブルク・バレエのジョン・ノイマイヤーの下で学び、現在はカナダのアルバータ・バレエで活躍する服部有吉ハンブルク時代から振付を手掛け、日本でも秀作を発表して好評を得ている。巨匠イリ・キリアン作品の主要パートを踊った中村恩恵も帰国後、創作活動に力を入れ評価を高めている。欧州で学び、踊ったエリートたちが、同地の舞踊状況を踏まえたうえで、世界レベルで通用する振付作品を生み出しつつあるのは、なんとも心強い限りだ。
そして、現在、欧州の一線で踊り手・振付家としてバリバリに活躍していて、かつ将来も嘱望されている有為な日本人アーティストは誰かと見渡すと、クローズアップされるのが森優貴/Yuki Mori ( ヴィースバーデン・バレエ/トス・タンツカンパニー)であろう。森は、1978年生まれ。関西の雄のひとつ神戸の貞松・浜田バレエ団を経て、1997年にドイツのハンブルク・バレエ・スクールへ留学。1998年にはハンブルク・バレエ・スクール20周年記念公演においてノイマイヤー振付『祭典』主役を踊っている。1998年から2001年までニュルンベルグ・バレエ 団に、2001年からハノーヴァー・バレエ/トス・タンツカンパニーにそれぞれソリストとして所属。ハノーヴァー・バレエの解散に伴い、2006 年7月にスウェーデンヨーテボリ・バレエへ移籍したが、2007年8月には再び兄事するシュテファン・トスのヴィースバーデン・バレエ芸術監督就任と同時に同カンパニーに移籍して現在に至る。これまでにシュテファン・トス、ウィリアム・フォーサイス、マッツ・エック、テロ・サー リネン、メリル・タンカードら超一流振付家の作品を踊っている。
踊り手としてドイツを中心に第一線で踊り続けているが、2003年からハノーヴァー・バレエ/トス・タンツカンパニーにおいて振付家としても活動を開始。 同年には『時の中の流れの光と影』を振付ける。 2005年春にはハノーヴァーで開催された第19回国際振付コンクールに出品し『Missing Link』にて観客賞と批評家賞を同時受賞する快挙を果たした。2006年5月には、ジャン・コク トー原作『恐るべき子供たち』を演出・振付。現在もカンパニーを中心に振付作品を定期的に発表している。日本でも2007年に古巣の貞松・浜田バレエ団に委嘱された『羽の鎖』の振付によって文化庁芸術祭新人賞(舞踊部門)を受賞。2008年5月には東京・セルリアンタワー能楽堂で能とダンスのコラボレーション「ひかり、肖像」の演出・振付 を担当し、バレエダンサー酒井はな、重要無形文化財能楽総合)指定保持者・津村禮次郎と共演して話題を呼んだのは記憶に新しい(森の繊細極まりないダンスも魅力的だった)。同作と『羽の鎖』の再演の成果によって音楽、舞踊、演劇、映像の情報、批評による総合専門紙「週刊オン・ステージ新聞」新人ベストワン振付家に選ばれている。「ひかり、肖像」はその後パリ公演も行われた。
実際に観ることのできた作品や映像でチェックしたものから森作品の特徴を挙げておこう。フォーサイスやエック、それに師であるトスらの先鋭的なコンテンポラリーに慣れ親しんでいるだけに、腕や肘を大きく捻って使ったり、腰を深く落としたりといった語彙や切り替えの早いスピーディな動きといったコンテンポラリー・バレエ特有の手法が特徴的。語彙の多さと手法の多彩さ、そしてそれらを駆使して作品をまとめ上げる構成力の巧みさには舌を巻く。さらに特筆すべきは抜群の音楽センスだ。8人の女性が踊る『羽の鎖』では、グレツキの 《交響曲》第3番「悲歌のシンフォニー」を用いているが、今を生きる女性が抱えるさまざまの葛藤や自由への憧れを描きつつシンフォニック・バレエすなわち音楽の視覚化としても完璧に成功している。コンクール向けの小品であるが貞松・浜田バレエ団の俊英ダンサー・武藤天華に振付けた『Trans > mission』にも圧倒された。レディオヘッドの曲にのせたものだが、ロック音楽×コンテンポラリーなスタイルの振付でありながら武藤の、バレエダンサーならではのパの明晰さや身体能力の高さを活かしつつパのつらなりと音楽との掛け合わせがこれ以上ないといえるくらいに絶妙なのだ。完璧!振付に関しては凡手でも年月をかけて続ければある程度のラインには達することができる。しかし、さらなる高みに達するのは率直に言って選ばれし者のみ。その絶対条件が音楽センスである。その意味で森は資質十分で末頼もしい。
しかしながら、彼の作品が人の胸を深く打つのは、振付家本人はもとより踊り手の内面や人間味といった極めてパーソナルな肌触りを切実に伝えるからだろう。人間感情ほど複雑で多様なものはないと思うが、そういった機微が、ときに優しく、ときに鋭く観るものに迫ってくる。『羽の鎖』では、女性たちの抱くさまざまの困難やあるいは希望を繊細な手つきで掬い上げる。2008年夏のMRB松田敏子リラクゼーションバレエ「バレエスーパーガラ」にて初演された貞松正一郎&渡部美咲の踊るデュオ作品『前奏曲』でも、年輪を重ねた名手たちから奇をてらうことなく大人びた情感を引き出し妙であった。酒井はな、津村禮次郎とともに自身が踊りもした「ひかり、肖像」は「源氏物語」をモチーフにしたものだが、ここでも3人の個性を活かしつつ酒井から抑制のきいた演技を披露させるなど、演者たちの底知れぬ魅力を浮き彫りにすらした。観客に対しても、その想像力を信用している誠実さが感じられる。『羽の鎖』の終幕など、謎めいていて、すべては観るものの心に委ねられる。世阿弥のいう、秘すれば花。語りすぎてはいけない――余白ある創作は古今東西問わず真の芸術家に共通するものである。森は今後、欧州や日本でさまざまな企画に携わることになろうが、マーケットに消費されることのない、ぶれない芸術家魂を持っていると思うので、さらなる活躍を期待できそうだ。
ドイツを拠点にしているためなかなか森作品に接する機会はないが、今夏から今秋にかけて森の作品が兵庫で続けて上演される。ひとつ目は社団法人 現代舞踊協会が主催する「スペシャル ダンス セレクション in ひょうご」(第31回記念現代舞踊フェスティバル)が8月21日(土)に兵庫県立芸術文化センター阪急中ホールで行われ、貞松・浜田バレエ団が参加して『羽の鎖』を上演する。2007年、2008年の同バレエ団公演「創作リサイタル」に続く上演だ。近年は、キリアンやオハッド・ナハリン、スタントン・ウェルチらの作品を踊りこなし躍進しているバレエ団であるが、上村未香、正木志保、竹中優花ら森作品に関しても何度も踊りこんできた同世代の優秀な芸術的センスを持った踊り手中心に3たび作品を輝かせるだろう。そして10月11日(月・祝)には、新作『冬の旅』が貞松・浜田バレエ団の創立45周年記念シリーズとして行われる「創作リサイタル22」(於:新神戸オリエンタル劇場)にて発表される。構成・演出・振付・美術を森が手掛けるもので、シューベルトの著名な歌曲集をハンス・ツェンダーが編曲したヴァージョンを用いた1時間半に及ぶ大作だ。ツェンダー編曲版というとノイマイヤー版(2001年初演)があまりにも有名である。森はかつてノイマイヤーのもとでも踊っているが、同作が初演されたころには同地を離れており、制作には参加していない。また、そもそもノイマイヤー版を観たことすらないという。森の『冬の旅』では、ひとりの若者の心象風景を4人が踊り分け、若者の影法師としてドップルゲンガーの2人を交えた6人を中心に物語が進行するとのこと。リハーサルは7月上旬からひと月あまりのハイペースで行われ、すでに振付は上がっている模様だ。10月の本番には森も来日し、自身もドッペゲンガー役で出演するが、そこで直前に最後の仕上げを行うのだろう。制作期間は限られていたが入念なプランニングと優秀なダンサーの感度の良さがあって充実したリハーサルとなったようだ。森×カンパニーの総力を結集した大作となるが成功を確信している。
※敬称略 なお森の略歴については森の公式HP等を参照した

『冬の旅』に向けての振付家インタビュー(貞松・浜田バレエ団公式ブログ)
http://ameblo.jp/shballet/entry-10612145083.html

Les Enfants Terribles~恐るべき子供たち~


「ひかり、肖像」