平成23年度新進芸術家海外研修制度採択について

このところ日本版アーツカウンシルや「劇場法」等をめぐっての議論かまびすしい。ネット上では、“にわか博士”も現れているようだ。また、民間の文化芸術団体に助成される文化庁日本芸術文化振興会の文化芸術振興費補助金(トップレベルの舞台芸術創造事業)、芸術文化振興基金の助成額が減少し、採択数も減っているというきびしい状況もある。ここでは、そういった問題にも触れたいが、それらは既に演劇畑を中心とした多くの実演家や制作者が意見を述べていることもあり、折を見てにしたい。
今回は文化庁助成金のなかでも、新進芸術家の海外研修について取り上げる。
この制度は、美術・音楽・舞踊・演劇・映画・舞台美術等・メディア芸術の各分野における新進芸術家の海外の大学や芸術団体・芸術家等への実践的な研修に従事する機会を提供してきたものだ。現在では、1年派遣・2年派遣・3年派遣・特別派遣(80日間)の4種類があり、平成22年度末までに2,944名を派遣してきた。
在研制度を利用して海外留学するのは、昔から“狭き門”といわれ、コンクール等での実績等十分なエリート中心に選ばれてきた。文化庁のホームページでは、平成18年度以降の採択結果を見ることができる。平成21年度以降、採択数が年々大幅に減ってきていることが分かる。より狭き門となってきている感がある。しっかりした受け入れ先の確保が前提であるし、応募数や派遣年次、各ジャンルの分野等のバランス等の事情によって、実績・資格十分な人でも涙をのむことがあるのかもしれない。
本年度の採択結果が発表された。
平成23年度新進芸術家海外研修制度採択一覧(PDF)http://www.bunka.go.jp/geijutsu_bunka/05kenshu/pdf/23_shinshin_ver02.pdf
舞踊部門でどういう人が選ばれたか紹介しておく(ベテラン等も対象の特別派遣の1名のぞき1年派遣・2年派遣のみ)。納税者としては血税の使途を知る権利はあろう。
リリースをみると、実績・才能十分な人が選ばれているという印象だ。高倍率の中から選び抜かれた人たちなわけだから、まあ、当然といえば当然であろう。

1年派遣(6名)
1年(296日) 瀬川哲司クラシックバレエ/カナダ・トロント
1年(350日) 浅井信好/振付、コンテンポラリーダンスイスラエルテル・アビブ・ヤッフォ
1年(350日) 高田万里/バレエ/アメリカ・ニューヨーク
1年(350日) 山口華子/モダンダンス/ドイツ・ミュンスター
1年(350日) 佐藤宏美/モダンダンス/イギリス・ロンドン
1年(350日) 青木香菜恵/モダンダンス/アメリカ・ニューヨーク

瀬川哲司は、神戸の貞松・浜田バレエ団・学園出身で、大阪芸術大学舞台芸術科舞踊コースを卒業し、ニューヨーク・ジョフリーバレエスクールに留学。その後、米のグランディーバ・バレエ団で踊っていた変わり種だ。昨夏、古巣の貞松・浜田バレエ団の姫路公演『ドン・キホーテ』全幕では、ガマーシュ役として客演し好評を得たと聞く。
浅井信好は、ストリートダンス出身でショービジネスの世界でも活躍するが、舞踏の山海塾のメンバーとして世界各地での公演に参加している。財団法人ポーラ美術振興財団から平成22年度在外研修員の助成を受け、ベルリンに在住しているようだが、今秋からはイスラエルのバットシェバ舞踊団にて研修する模様。
高田万里は、大阪の名門・法村友井バレエ団のプリマとして活躍し、スタイルよく、若くして大人びた雰囲気を漂わせるバレリーナとして得難いものがあった。プロコフスキー版『アンナ・カレーニナ』では悲劇のヒロインを熱演し、東京公演でも絶賛を浴びている。バレエ団退団後、フリーとして活動し、昨夏には、平城遷都1300年記念バレエミュージカルに主演するなどしていたようだ。留学を機に新たな飛躍を期待したい。
山口華子は、藤井公・利子門下の重鎮・本間祥公の子女として生まれた。近年は振付者として頭角表し、「全国舞踊コンクール」創作部門にて第1位を獲得。2009年には初の単独公演を行ったほか、昨年には新国立劇場コンテンポラリーダンス部門にも招聘されている。今春、大嶋正樹と踊ったデュオ『Stockholm syndrome』は、息詰まるような緊密感あふれるもので、その才気を再確認したばかりだった。
佐藤宏美は、モダンダンス界でカリスマ的人気を誇る舞姫・内田香率いるRoussewaltzの若手メンバー。昨年の「こうべ全国舞踊コンクール」モダンダンス部門シニアの部で第1位を得ている。内田以下、クール&ビューティーと評されるRoussewaltzの個性豊かなメンバーの中では、決して華やかな方ではないが、クールで透明感あるなかに観るものをじわりとひきつける磁力ある演技をみせる存在である。
青木香菜恵は、現代舞踊の中心的な流れのひとつである江口隆哉-金井芙三枝の系譜を引き継ぐ坂本秀子舞踊団の一員。坂本作品やコンクール出品作品で堅実な技量を発揮しており印象に残っている。コンクール上位入賞多数。先日は「江口・宮アーカイヴ」にも出演。妹の青木愛とのabout Aliceなど独自の活動も展開している。

2年派遣(1名)
幅田彩加/モダンダンス/アメリカ・ニューヨーク

現代舞踊の先駆者・石井漠門下の高弟というよりもコンテンポラリー・ダンス ファンには、業界の大御所的存在の黒沢美香の両親にあたる黒沢輝夫・下田栄子に師事したといったほうが通りがいいかもしれない。各モダンダンスコンクールのジュニア/シニア部門で上位入賞果たしてる新鋭である。同門の先輩で、若手モダンダンサーのトップ級である米沢麻祐子の作品等でも活躍を見せる。若くしての2年の在研となるが、そのことが吉と出るか果たして…。キャリアにプラスになることを願いたい。