『パゴダの王子』までの25年と、これから

新国立劇場バレエ団が2011/2012シーズンのオープニングを飾る舞台として、舞踊部門芸術監督デビッド・ビントレー振付『パゴダの王子』を上演した。
後年傑作物語バレエ『オネーギン』を生むジョン・クランコが振付し、イギリス人作曲家ブリテンに委嘱して創られた同作の初演(1957年)は、複雑な構成の台本のため失敗に終わったとされる。後年、英国バレエの重鎮・マクミランも振付けたが彼の代表作と呼べるものにはならなかった。英国が生んだオリジナル・バレエに新たに挑んだビントレーは、歌川國芳の浮世絵などからインスピレーションを受けて舞台に日本に変え、王子と王女のロマンス劇から兄妹愛・家族愛をテーマとする新たな物語を紡ぎ出した。
このプロダクションはビントレーが芸術監督を務めるバーミンガム・ロイヤル・バレエ団との共同制作。2014年にはバーミンガムで上演が予定される。開場から15年を前にして、海外へ発信できるプロダクションを生み出したことはひとまず評価に値しよう。
しかし、ここまでの道のりは平坦ではなかったろう。海外の旬な著名振付家に新作の大作バレエを振付けてもらうということ自体容易ではない。バレエはグローバルな芸術。一流の振付家との協同作業、文化を超えての芸術創造活動は、バレエ芸術の新たな可能性を秘めているが、実績も国際的な評価もなしに実現は難しい。
わが国の団体が海外の第一線の振付家に書き下ろしの大作を依頼して実現し国際的に大成功をおさめた最初の例は東京バレエ団モーリス・ベジャールに委嘱した『ザ・カブキ』だろう。いわゆる「忠臣蔵」を題材とした同作は1986年に初演され、直後の欧州ツアーにおいてパリ・ロンドン・ミラノなど欧州の名だたるオペラハウスで上演され大反響を呼んだ。以後、今日にわたって内外でじつに170回余りの上演を行ってきた。全世界で東京バレエ団のみが上演できるレパートリーで、来年5月には久々となるパリ・オペラ座(ガルニエ)での上演が予定されている。初演時は賛否割れたが再演を重ね、いまや「現代の古典」という評価に落ち着いているのは周知の通りだ。国際感覚豊かなプロデューサー・佐々木忠次の偉業のひとつに数えられよう。
ついで、国際共同制作という形で大作バレエを制作したのが牧阿佐美バレヱ団がベジャールと並ぶ20世紀バレエの巨匠ローラン・プティに委嘱した『デューク・エリントン・バレエ』。『ザ・カブキ』から数えて15年後、2001年の初演で、ジャズ音楽の巨匠デューク・エリントンの音楽にのせて展開される軽快で楽しく洗練されたエンターテインメント・バレエとして話題を呼んだ。これは、イタリア・ナポリサンカルロ劇場との共同制作で、牧バレエの上演後にナポリでも上演されている。2年後には東京のほか名古屋・大阪でも再演。これがプティとのさらなるコラボレーション『ピンク・フロイド・バレエ』ニューバージョン制作(2004年)につながり、同作は2005年、2006年、2008年とスペインやフランスでツアーを重ねた。牧阿佐美/三谷恭三の仕事も国際色豊かである。
これまで民間の力によって国際的プロダクションが実現してきたが、新国立劇場も開場から10年あまりして体力が付き、国際的人脈も得て、ビントレーに新作『アラジン』を依頼した。これが大ヒットし、ビントレーの芸術監督就任そして『パゴダの王子』に繋がる。(ここでも前舞踊芸術監督である牧の先見性を評価せねばならないだろう)。『ザ・カブキ』から25年、四半世紀、『デューク・エリントン・バレエ』から10年してやっと新国立が海外のカンパニーと共同制作して海外へ発信できる新作バレエが生まれたというのは感慨深い。『デューク・エリントン・バレエ』初演は新国立のオペラ劇場であったが、その時、新国立劇場運営財団は会場協力をするに留まっていた。それから10年してたどり着いた今回の『パゴダの王子』新制作は、新国立にとって待望の悲願のプロダクションであり、日本のバレエにとって大きな意義を持つものといえるのではないだろうか。
さらに未來の話をしよう。『パゴダの王子』や『アラジン』が海外のバレエ団に買われて上演されるとすれば喜ばしい。が、究極的には日本人が生んだ創作バレエが広く海外で上演され、創造面で世界のバレエ界に貢献できるようになることも求められてくる。民間に比べ諸条件で恵まれている新国立劇場に寄せられる期待は大きい。


アラジン (バレエ名作物語vol.5) (バレエ名作物語vol.5)

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素顔のスターとカンパニーの物語 闘うバレエ (文春文庫)

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ローラン・プティ―ダンスの魔術師 (バレエ・オン・フォトグラフ)

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