洋舞2011 vol.1

2011年の舞踊界にとって大きな衝撃だったのは、いうまでもなく東日本大震災であろう。首都圏でも公演中止や延期が相次ぐとともにチャリティ公演や被災地への慰問公演を行うアーティストも現れた。「なぜ踊るのか」「ダンスに何ができるのか」などと自問する人も少なくなかったようだ。コンテンポラリー・ダンス「作業灯、ラジカセ、あるいは無音」、バレエの「オールニッポンバレエガラコンサート2011」などアーティストが主体となって立ちあげたチャリティ・イベントは反響をよんだ。震災の爪痕は深く原発問題も収拾していない。折からの不況や助成金の削減等きびしい情勢でもある。そんな時代だからこそダンスの力・存在意義が問われているともいえるかもしれない。

回顧に入る。2010年12月〜2011年11月に行われた公演から振り返る。首都圏で上演されたバレエやコンテンポラリー・ダンス等洋舞の主要な公演の大方はフォローしていると思うが、個人的にみるべき/見たい思う公演を優先したケースもあるので、一部の重要/話題公演を見逃している。実見したもののなから選んで取り上げた。

今年多くの観客に感動をあたえたのはシルヴィ・ギエムではないだろうか。秋に東京バレエ団と共演しシルヴィ・オン・ステージ2011「HOPE JAPAN TOUR」を行った。東京での追悼ガラや福島・岩手公演の出演料は寄付された。それ以上に感動的だったのがその演技だ。エックとのコラボレーションによる新作『アジュー』では、ひとりの女性の人生の光芒を玄妙に描き共感を誘った。アシュトンの『田園の出来事』では、深い人間味を漂わせ演技者・女優としても深化していることを証明した。ボレロのメロディ役では、力強く大地を踏みしめるかのようなステップの端々に彼女の想いがこもっているかのよう。常に進化を止めない芸術家魂と日本への想いの深さに心打たれた。なお、同ツアー終了後、東京で、ロベール・ルパージュとラッセル・マリファントとのコラボレーション『エオンナガタ』がロンドン・パリに続いて上演された。

他の来日では年始のベルリン国立バレエ団チャイコフスキー(エイフマン振付)が多くのバレエ・ファンの心を捉えた。ウラジーミル・マラーホフの、役に憑依したかのような鬼気迫る演技への賞賛だろう。バーミンガム・ロイヤル・バレエ『真夏の夜の夢では吉田都の客演が話題に。震災から間もないなか団を率いて来日し、チャリティ公演も行った芸術監督ビントレーに敬意を表したい。「マニュエル・ルグリの新しき世界2」、ファルフ・ルジマートフらによる「バレエの神髄」といったガラも大震災・原発事故の影響で内容変更等あったが無事上演された。アメリカン・バレエ・シアターロミオとジュリエット』『ドン・キホーテではスターが競演。ジュリエット役を好演したジュリー・ケントに賛辞が集まり、今回のツアーを持ってABTからの引退を表明したホセ・カレーニョの演技も印象的だった。日本ツアー後、ボリショイ・バレエに電撃移籍したデビッド・ホールバーグや女性では唯一全幕2作に主演したシオマラ・レイエスらの演技も評判高かった。コンテンポラリーでは、異才ジェローム・ベル『ザ・ショー・マスト・ゴー・オン』日本版が彩の国さいたま芸術劇場で上演され大きな話題に。コンセプチャルで人を食ったようなベル節が炸裂、賛否は大きく分かれた。ベルも望むところだろう。

国内バレエでは次の2作が業界注目の的だった。新国立劇場バレエ団『パゴダの王子』。芸術監督デビッド・ビントレーがジョン・クランコやケネス・マクミランらが挑んだブリテン曲に振付けたものだ。日本を舞台に変更し、ロマンス劇ではなく兄妹愛・家族愛を打ち出だした。ビントレーらしく手堅い作りであるものの全編に横溢するジャポニズムに対する評価中心に賛否割れた。続いて小林紀子バレエ・シアター『マノン』。マクミランの代表作を日本の民間のバレエ団としてはじめて上演した。タイトル・ロールを演じた島添亮子の演技ともども各紙誌では近来にないほどの絶賛を浴びている。

日本人アーティストでは首藤康之の活躍が印象深い。初の自主公演「DEDICATED」を行い、中村恩恵と共に踊り創ったShakespeare THE SONNETS』を発表した。前者では以前にも組んでいるマイム畑の小野寺修二との協同作業で新たな身体表現を志向し、後者ではシェイクスピアの詩や戯曲をモチーフに極めて完成度の高い、そして奥深く玄妙な舞踊世界を生み出した。動向から目の離せない存在だ。
新潟発のNoism率いる金森穣の仕事も水際立っていた。外部から振付家を招いたNoism1「OTHERLAND」を行い、夏には、サイトウ・キネン・フェスティバル松本バルトーク中国の不思議な役人』(バレエ)『青ひげ公の城』(オペラ)を演出・振付した。後者では同プロダクションをもって中国公演を行い、フィレンッエでの上演も決まっている。研修生カンパニーNoism2も順調。Noism1の副芸術監督/メインダンサーの井関佐和子が心技体とも充実した演技を披露したのも特記したい。
来秋2012/2013シーズンからドイツのレーゲンスブルグ劇場バレエ芸術監督に就くという快挙を成し遂げた気鋭振付家森優貴が古巣で発表した貞松・浜田バレエ団『冬の旅』も注目される。昨年秋に初演されたものを改訂再演し練り上げた。旅に出る若者の心象風景を寓意的・象徴的に描きつつ生と死の深遠をうかびあがらせる大作だ。音楽性豊かな振付とスケールの大きさと緻密さを兼ね備えた構成力に才気がある。加えて森は兵庫県洋舞家協会公演で新作『Flyng Zero』を発表している。

今年は帝国劇場開場から100年を迎え、ひとつの区切りとなる年でもあった。わが国の現代ダンスの先駆者のひとり・江口隆哉と宮操子にオマージュを捧げ、その作品群を未来へ繋ぐ試み「江口・宮アーカイヴ」が行われた。戦後バレエのパイオニアで今年生誕100年を迎えた小牧正英の業績を讃える東京小牧バレエ団・小牧正英生誕100年記念公演『ペトルウシュカ』『シェヘラザード』もあった。追悼・メモリアル公演ということでは、年始に行われた藤井公珈琲の会・藤井公追善公演「われは草なり」も忘れ難い。多くの優れた舞踊家・振付者を育てた巨人でありながら飾らない人柄で多くの人々に愛された藤井。その遺志を継ぐ弟子たちによる心こもる会だった。

国内バレエの新制作でいえば2月に東京バレエ団「ダンス・イン・ザ・ミラー」があった。ベジャールの旧作アンソロジー。ジル・ロマンが非常に巧みな構成に仕上げベジャールへのオマージュをささげた。日本バレエ協会・ワレンチン・エリザリエフ版『ドン・キホーテも楽しめた。薄井憲二会長が自信をもって放ったプロダクション。ゴージャスな作りで、主役・ソリスト・群舞も充実し志気の高い仕上がりだった。新作ではないが松山バレエ団・新『白毛女』が昨年の試演会を経て装いも新たに復活。久々に本公演で上演され秋には訪中公演を行い成功。森下洋子の舞踊歴60周年を飾った。

在京バレエ団がリスクを負いながら創作バレエのミックス・プロを行ったことは評価される。スターダンサーズ・バレエ団「振付家たちの競演」谷桃子バレエ団「創作バレエ・13 —女流振付3作品による」である。特に前者は鈴木稔、遠藤康行そして新進の佐藤万里絵の意欲作が並んだ。後者はコンテンポラリー・ダンス木佐貫邦子に作品委嘱したが賛否両論で“ワークショップ的”とバッサリの声もあった。いずれにせよ今後とも続けてほしい企画だ。新国立劇場バレエ団「DANCE to the Future 2011」は同劇場のダンス部門の企画への出演という形態。キミホ・ハルバート『Almond Blossoms』の溢れる詩情と緻密な振付術が際立っていた。

我が国のバレエ界の中心になるべき新国立劇場バレエ団であるが、前記の『パゴダの王子』のほかビントレーの旧作として『アラジン』を再演し、こなれた出来だった。ビントレー作品『テイク・ファイヴ』を含む中劇場公演「ダイナミック ダンス!」が大震災直後のため中止になったのは残念だが2012/2013シーズンに仕切り直して上演されるので期待したい。マクミラン版『ロミオとジュリエット7年ぶりの再演に関しては出来栄えに評価が分かれた。ダンサーではプリマが揃う。3月に芸術選奨新人賞を得た小野絢子のほか湯川麻美子、川村真樹、本島美和、長田佳世、米沢唯など。男性では福岡雄大が中川鋭之助賞を受賞して注目された。そして、劇場開設時から在籍し主役だけでなく脇でも活躍しバレエ団を支えた西山裕子が惜しまれつつ退団した。

民間では、東京バレエ団が公演数の多さに加えてバラエティに富んだ活動を展開。ギエムとのツアー、「ダンス・イン・ザ・ミラー」新制作のほか、大震災から間もない時期にベテランのイーゴリ・ゼレンスキーと新星マシュー・ゴールディングを急遽招いてマカロワ版『ラ・バヤデール』を高水準に上演した。8月に緊急開催された『ジゼル』でもロシアからディアナ・ヴィシニョーワとセミョーン・チュージンを招聘。著名アーティストのキャンセル相次ぐなか一流スターを直ちに招き質高い舞台を提供し国際信用力の高さと制作能力の高さをみせつけた。ダンサーでは上野水香と小出領子が目立った。

熊川哲也Kバレエカンパニーは3月にアシュトン版『真夏の夜の夢を新制作し、とてもよい仕上がりだったが、大震災直後のため東京公演の一部が中止に…。見逃した人も多いだけに再演が期待される。他にロミオとジュリエット等によって各地をツアー。名門大手の牧阿佐美バレヱ団は創立55周年を迎え記念シリーズを展開している。青山季可、菊地研が急成長を遂げたほか伊藤友季子、京當佑一籠がいるし、茂田絵美子、久保茉莉恵、日高有梨、清瀧千晴らイキがよく個性豊かな若手がどんどん出てきている。スターダンサーズ・バレエ団は前記の「振付家たちの競演」含め例年以上に多くの公演を行い存在感を発揮した。10月公演ではピーター・ライト版『コッペリアを7年ぶりに上演。吉田都をゲストに迎え活気あふれる舞台をみせた。

東京シティ・バレエ団江東区と芸術提携を結びティアラこうとうを拠点に地域密着姿勢を貫く。6年ぶりの『ジゼル』全幕などのほか小ホールでの創作バレエの夕べ「シティ・バレエ・サロン」を開催。中軸の志賀育恵と黄凱は見ごろの踊り手だ。谷桃子バレエ団は前掲の創作公演以外に新春公演『ラ・バヤデール』を上演している。齋藤拓、今井智也、三木雄馬、永橋あゆみ、佐々木和葉ら主役級にいいダンサーが揃っているのは強みだ。井上バレエ団はお得意のブルノンヴィル版『ラ・シルフィード全幕と舞踊生活65年を迎えた芸術監督・関直人の『クラシカル・シンフォニー』を上演し気を吐いた。NBAバレエ団のトウールビヨン公演ではロプホフの『ダンス・シンフォニー』が再演された。舞踊史的に意義深い仕事である。今村博明と川口ゆり子の主宰するバレエシャンブルウエスは秋に創作バレエ『LUNA』を久々に再演。地元・八王子の新ホールにて白鳥の湖を披露した。恒例の清里フィールド・バレエ」を2週間にわたって長期開催。被災地への慰問公演も行うなど幅広く活動した。

個人単位では篠原聖DANCE for Life 2011『ジゼル』全幕を上演したのが特筆される。下村由理恵の至芸に多くの感動の声が寄せられた。松崎すみ子バレエ団ピッコロ『シンデレラ』はこじんまりした舞台だが、フリーランスとして活躍する気鋭プリマ・西田佑子がタイトルロールに客演し光彩を放った。ベテラン佐多達枝は合唱舞踊劇O.F.C.を中心に活動。カルミナ・ブラーナ』『ヨハネ受難曲』『陽の中の対話』を再演した。佐多作品にも多く出演した足川欣也が初のプロデュース公演「PORTE AVENIR」を行い、佐多のソネット、自身の旧作クラリネット協奏曲』ほかを上演した。ラ ダンス コントラステ率いる佐藤宏も快作を連打。『Lallumette』『Le seau (ル・ソ)』のほか武蔵野シティバレエで発表した『ユーピテルJupiter』もあった。

首都圏外は管見のうえ主要なものに限るが所感を。関西最大手・法村友井バレエ団バフチサライの泉』を10年ぶりに再演したほか初夏のロシア・バレエのトリプル・ビルで珍しいレパートリー『お嬢さんとならず者』を取り上げたが、これが逸品。同作に主演した法村珠里と奥村康祐は期待される踊り手だ。神戸の貞松・浜田バレエ団は「創作リサイタル」で先述の『冬の旅』を上演したほか『眠れる森の美女』全幕を上演。オーロラ姫を踊った瀬島五月が抜群の技量とオーラをみせた。最高に旬な踊り手だ。名古屋の松岡伶子バレエ団篠原聖一を招き『ジゼル』全幕を上演したほかアトリエ公演で石井潤の代表作カルミナ・ブラーナを上演した。塚本洋子の主宰するテアトル・ド・バレエカンパニーは芸術監督・深川秀夫版『白鳥の湖を上演。

名古屋や大阪では創作でも意欲的な上演があった。大阪の地主薫バレエ団「ロシアバレエ トリプル・ビル」ではロシアの新鋭コンスタンチン・セミョーノフに委嘱して音楽性豊かでセンスのいいコンテンポラリー・バレエをものにした。男女ともダンサーの練度もじつに高く驚嘆させられた。名古屋の川口節子バレエ団創作公演「舞浪漫-My Roman- 2011」では、川口節子がツルゲーネフ『初恋』を舞踊化。少年の性の目覚めや苦悩をドラマティックかつ、みずみずしいタッチで描き切った。大阪の矢上恵子も注目される。夏に初演された『Mitra-3M』(MRB松田敏子リラクゼーションバレエ「バレエスーパーガラ」で上演)は矢上自身と福岡雄大、福田圭吾によるトリオ。エネルギッシュな動きと意想外な展開が相俟って、たとえようもないくらいスリリングだった。
(vol.2に続く)


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SHUTO ダンサー首藤康之の世界

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