第29回 江口隆哉賞にケイ・タケイ

社団法人現代舞踊協会制定による第29回 江口隆哉賞にケイ・タケイが決まった。
授賞理由は以下の通り。

文化人類学的視点からダンスをとらえ、日本的ひいては汎アジア的身体性を探求、独創的な作風を生み出した。近年は、自然、環境と身体との関係を軸に意欲的な創作を続けており、貴殿が昨年発表された「CHANTING HILL」「水溜りをまたぐ女・かもめ」ほかの成果に対して。

江口隆哉賞は、わが国における現代舞踊の振興と協会の繁栄に尽力した故・江口隆哉の功績を記念し1983年10月13日に制定された。年間を通じ優れた現代舞踊を創作発表した作者に、過去の実績を加味して授与することとしている。現代舞踊協会の理事と舞踊評論家・ジャーナリストによる選考会によって選出される。
よく誤解されているのだが、同賞の授賞対象は広く舞踊界(公益目的事業における顕彰事業)。現代舞踊協会会員のみが対象ではない。前回の中村恩恵に続いて非協会員のケイ・タケイが獲得したことは舞踊界全体に対して刺激をあたえるものになるのではないか。戦前から育まれてきたわが国の現代舞踊の歴史を尊重したうえで、現代のダンスとの接点を見出していくという、より建設的な視座が打ち出されたといえる。
ケイ・タケイは現代舞踊のパイオニアのひとり檜健次と、その夫人の藤間喜与恵に師事した。のちにジュリアード音楽院舞踊科に留学。アナ・ハルプリン、マーサ・グレアム、トリシャ・ブラウンらの下で学ぶ。アメリカン・ポストモダンダンス最盛期のニューヨークに学んだ彼女は、同地を拠点に仲間たちとムービングアースを結成する。独自の舞踊語彙を開発し、1969年以降代表作のLIGHTシリーズを世界各地で上演してきた。文化庁の招待等によって来日公演も行う。欧米で各種助成金や舞踊賞を獲得。勅使川原三郎が登場する10数年も前から世界的知名度が高い舞踊家振付家である。
1992年帰国後も内外で地道な活動を続け、現代舞踊の折田克子アキコ・カンダ、竹屋啓子らと共演する機会も少なくなかった。とはいえ、欧米での高評価・高知名度に比し国内での評価が低かったのは否めない。2007年度に第19回ニムラ舞踊賞を得ているのが目立つ程度である。が、最初の作品の初演から40年を迎えた2009年以降、再びLIGHTシリーズ上演を本格的に再開。ダンサーやスタッフにも恵まれ、新作発表と旧作のリ・クリエーションを腰を据えて展開したことが今回の受賞につながった。
LIGHT,Part 34『CHANTING HILL』は昨年2月に日暮里サニーホールにて初演されたグループワーク。生の根源と自然との共生・対話を探るという彼女の一貫して追求してきた主題がスケール大きな構成のもとに展開される。自然への畏怖や近代化する過程で人間が行ってきた営為への疑問を静かに訴える。文明批評的な奥深さを備えた力作。大震災以前に発表されたがアクチュアリティがある。というよりも、いかにケイ・タケイが以前から今日的な問題を独自の舞踊語彙をもってして語り継いできたかの証左といえる。いっぽう、年末にシアターΧで上演したLIGHT,Part35『水溜りをまたぐ女』は新作ソロ。これは「ある女の生活記録」という副題を持つ。その年季の入った踊り、舞踊家としてさらなる高み・深みを志向する覚悟を示しつつストイックにダンスと向き合う姿勢が圧倒的であった。創作力・実績とも申し分ない。文句ない受賞であろう。
先日、受賞後初の公演として最新作LIGHT,Part36『風を追う者たち』およびLIGHT,Part12『Stone Field』をシアターΧにて上演した。旺盛な創作欲に驚かされる。そして、世界中で上演されてきた代表作のひとつ『Stone Field』のなかで印象的な、わらべ歌を用いた場面などは、師であった檜ひいては現代舞踊の潮流のDNAをも感じさせる。江口隆哉の名を冠した、現代舞踊界最高の栄誉を受けるにふさわしい存在であると、あらためて実感した。ケイ・タケイの、さらなる発展を願いたい。
LIGHT,7 Diary of the field -創作畑の日記- 2010.5.23(Sun)