論文「日本のバレエ教育機関における教師の現状と課題」

今年も若手バレエ・ダンサーの登竜門として知られるローザンヌ国際バレエコンクールが始まった。昨年は高校2年生(当時)の菅井円加が優勝しメディアで大きく取り上げられた。たしかにバレエ界の大イベントである。これまでの受賞者の多くは世界の名だたるバレエ団のトップ・ダンサーに成長している。しかし、あくまでも「将来性」を評価するコンクールだ。それを「なでしこジャパン」が世界一を獲得した際と同じように熱狂的に持ちあげるのを、いかがなものかと思った人も少なくないだろう。
なにはともあれ菅井の優勝のニュースは、バレエへの関心を高めた。当初は過剰なフィーバーに辟易させられたが、落ち着いてくると、日本のバレエ界の現状に関する考察が報じられるようになった。プロとして踊る場が限られているため海外に流出せざるを得ない点、ダンサーの待遇について具体的数字を挙げての言及も少なくなかった。
そういったニュースのなかで、日本のバレエ人口についての数字が目に付いた。全国4630のバレエ教室を対象に調査した結果、生徒は約40万人と推計した報告である。昭和音楽大学短期大学部教授の小山久美らの調査によるものと報道された。その後、舞踊学会の発行する学会誌「舞踊學」第35号に海野敏・高橋あゆみ・小山久美の共著による論文が掲載された。「日本のバレエ教育機関における教師の現状と課題」—『バレエ教育に関する全国調査』に基づく考察—である。
わが国では全国津々浦々にスタジオ・研究所が存在する。だが、その実態が実証的に明らかにされることはなかった。そこで、2011年に海野・高橋・小山らが文部科学省私立大学戦略的研究基盤形成支援事業の支援も受け「バレエ教育に関する全国調査」を行った。調査対象を確定するためバレエ教育機関の住所録データベースを構築し検討を重ね最終的に4630のバレエ教室に質問票を送付した。回収率は32.1%。
バレエ指導者資格の取得状況や学習者の年齢層、レッスンクラスの種類、発表会の開催/コンクール参加/教師のバレエ団所属経験の有無等を調査した。結果や分析に関しては直接論文にあたってほしい。が、調査から導き出された結論として述べられているのは「バレエ教育者資格の整備と普及を検討すること」の重要性。わが国においてバレエを指導するのに免許等はいらない。津々浦々に教室が林立し、街場の小さな教室にも優れた教師が居て逸材を育てるケースが少なくないのは確かだ。ただ、誰でも教えられる、教室を開設できるという野放し状態なのも確かである。今後、より充実したバレエ教育環境を整備するため指導者資格等の導入も議論の対象となろう。
結末近くに、こう記されている。

本論文は『バレエ教育に関する全国調査』の集計結果に基づき,日本のバレエ教育環境の現状を,バレエ教師に焦点を絞って実証的に示したものである。そして日本のバレエ教育環境の改善のために,バレエ指導者資格の整備と普及について議論することを提起した。

机上の学問ではなく実証的なデータに基づき日本のバレエ教育の今後を考える姿勢が頼もしい。日本のバレエ教育が真に豊かなものとなり、優れた踊り手が内外で充実したバレエ人生を送れるようになるためにも継続・発展していってほしい研究である。