「二十世紀の10大バレエダンサー」村山久美子 著

舞踊評論家、舞踊史・ロシア舞台芸術史家、ロシア語通訳・翻訳として名高い村山久美子さんの新著「二十世紀の10大バレエダンサー」が5日、刊行された。早速求め一読したが、あらためて「バレエって素晴しい!」と思わずにはいられないような幸福な気持ちにさせてもらったので、ご紹介させていただく。


二十世紀の10大バレエダンサー

二十世紀の10大バレエダンサー

本書は村山さん自身「はじめに」と題された冒頭で記されているように“二十世紀の際立つダンサーについて、その舞台だけではなく、過ごした場所や時代の芸術的環境、社会状況などをあわせて語ることによって、彼らの芸術の深みに迫る試み”。
選ばれた10人に関しては、長年にわたる評論家としての活動を通して見続けてきた踊り手を中心に選んだという。キャリアの後半しか観ていない、映像・資料でしか確認できない人に関しては名演が広く知られバレエ界への貢献の大きかった人を選んだ由。その10人とは……。

ウリヤーナ・ロパートキナ
ウラジーミル・マラーホフ
シルヴィ・ギエム
ファルフ・ルジマートフ
ミハイル・バリシニコフ
ジョルジュ・ドン
ルドルフ・ヌレエフ
マイヤ・プリセツカヤ
ガリーナ・ウラーノワ
ワツラフ・ニジンスキー

(掲載順)

ほとんどがロシア派・ワガノワ・メソッドで育った人たちである。これは村山さんの専攻や嗜好云々ではなく、20世紀までに欧州で発展してきた各種メソッドを参照しつつ組み上げたワガノワ・メソッドが多様な進化・深化を遂げた20世紀バレエの土台になっているという事実を反映している。20世紀初頭、ベル・エポックに沸くパリに出現し一世を風靡したディアギレフのバレエ・リュスの中心であったニジンスキー、冷戦時代に西側に亡命し欧米で大活躍したヌレエフやバリシニコフ、いまをときめく美神ロパートキナにしてもワガノワ・メソッドを骨の髄まで学んでいる。
各ダンサーについて一章が設けられている。生年が遅い順に取り上げられており、現在活躍する踊り手との接点から「舞踊の世紀」の流れが浮びあがる仕掛けになっている。加えて「世界に羽ばたく日本人ダンサー」として、森下洋子吉田都熊川哲也を取り上げ、それぞれ一章を割いている(今回のために新たに取材したようだ)。グローバル化するバレエ界の動向が、より明確に伝わってくる趣向が心憎い。
各ダンサーの出自に始まり、バレエを学んだ環境や時代に関する正確な分析が平易に語られる。評論家であり研究者でもある著者の面目躍如たるものがある。そして、著者自身が実際の舞台や映像から感じた個々の踊り手の魅力が熱を帯びて語られる。ことにロパートキナやバリシニコフに関しては、その熱度が高い。熱い!しかし、熱狂的に入れ込んでいるというのではなく、具体的な舞台描写に加え第三者による証言を巧みに織り交ぜ説得力がある。
村山さんはロシア・バレエ研究の第一人者であり、その舞踊評論や公演評はアカデミックかつ切れ味鋭い。ときに冷徹なくらいに。幼少からバレエを学び、コンテンポラリーやストリートのダンスにも詳しく実技・実演もされる。理論と実践の両面から舞踊を捉え、論じている。厳格、という印象である。しかし、本書では、評論家になられる前の私的な鑑賞体験も触れられており、数々の素晴しい名演に接してきた感動が語られる。そこに共感を覚えた。当方、舞踊評論の末席を汚している身分であり、畏れ多くも公演時その他に村山さんと同席させていただく機会もあるのだが、飾らないお人柄で、鋭くも温かい論評を語られる。その魅力が本書にも反映されているように思った。
バレエ・ファンはもとより、バレエに少しでも関心のある方には必読といえるだろう。


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