後藤早知子舞踊生活50周年記念公演「Sachiko」



Gotho SachikoSachiko

松山バレエ団チャイコフスキー記念東京バレエ団でダンサーとして活動後、振付家として活躍する後藤早知子。80年代後半から創作を開始、『光りほのかに―アンネの日記』、『ZEAMI―世阿弥のほとけは能』など秀作を生み出している。このたび、彼女の舞踊生活50周年記念公演「Sachiko」が行われた。

第一部に上演された『ヘレン―心の光』は、2004年に札幌で初演されたものの改訂版である。目がみえない、耳が聴こえない、口も利けない――いわゆる三重苦に打ち勝ち、多くの人々に勇気と力を与えたヘレン・ケラー(1880〜1936)。その伝記に基づき、“彼女の愛についての4章というコンセプト”で創作された。

神聖視されがちなケラーの生涯を、人間、ひとりの女性として捉えた点が秀逸。ラフマニノフの「ピアノ協奏曲第2番」ほかのコラージュをもちい、ヘレン(酒井はな)と彼女をめぐる人々、サリバン(尾本安代)、ピーター(森田健太郎)、ポリー(千歳美香子)、母(多々納みわ子)、父(渡辺治彦)らの人間模様が濃密に描かれる。動きはバレエが基本。平明だが力強いタッチでヘレンの愛と葛藤、“心の闇”を描く。しかし、暗くはあっても絶望はない。つねにオプチミズムを抱き生きたヘレン。“心の光”というタイトルは、なるほどヘレンを象徴するにふさわしいものに思われた。願わくは、もう少し小さな劇場で観たかった。より、緊張感あふれる舞台が観られたことだろう。しかし、日本の創作バレエとしては上出来だ。

なによりも、酒井はなに尽きる。酒井は新国立劇場バレエ『マノン』のタイトル・ロールで演技開眼。豊かな感情表現が賞賛を浴びた。しかし、以後、その資質を活かす作品に恵まれなかった。本作は、彼女にとって代表作のひとつになるのではないか。繊細で日本人らしい身体を活かした踊りのなかに秘めた芯の強さ。その資質が最良の形で発揮されたように思う。ことに、助手であったピーターとのはかない愛を表現したパ・ド・ドゥが出色。酒井と長年パートナーを組む森田、後藤作品の常連・尾本らの好演も見逃せない。

休憩を挟んで後半は、新作『Love Angel』。ガーシュイン作品のコラージュにのせ、7つの場面で構成されたエンターテインメント色あふれる舞台である。“古典的な男女の“赤い糸”を信じる女性がパートナーを捜し求め、7つの世界を旅する姿”を描き出す。出演者が多彩である。主演のTHE WOMAN・高部尚子をはじめ、坂本登喜彦、西島千博といったトップ・バレエダンサーが集結。ミュージカルなどの活動で知られる女優・土井裕子、マシュー・ボーン作品に出演する友谷真実、モダンダンスの能美健志、中川賢、新体操出身の山田海峰ら個性派も揃う。一夜限りの、贅沢な舞台。

後藤の振付語彙も豊富だ。ダンス・クラシックが基本だが、モダンダンスやジャズダンスにも通じ、それらを総動員している。タップダンスも取りいれた。画家がクレバスに心の赴くままにイメージを描くように、奔放で自由。個性豊かなキャストを皆活かそうとしている。だが、全体の構成は緻密。視覚的、聴覚的に仕掛けがあり、シーンごとに振付のテーマ、質感も変化させている。ユニゾンでは、巧みなズラしと、めくるめくスピード感が魅力的だ。ミュージカル評論家・瀬川昌久氏がプログラムに寄せた一文に“後藤さんは日本のトワイラ・サープだ”との指摘があったが、それも頷けるところである。青山劇場の舞台機構を駆使した場面転換も効果的。スクリーンに投影された映像(井形伸一)による吉野圭吾、東山義久のダンスが一番面白かったのは予想外か。ただし、上演時間が約80分というのは、いささか長い。

ドラマ性を追求した『ヘレン―心の光』、豊かなイメージが奔流のように駆けめぐる『Love Angel』。陰と陽、対照的な作品で構成、後藤の創作の幅の広さを証明した。20年にわたり女性バレエ作家の先陣として活動してきた彼女の存在を改めて世に知らしめる好機となったように思う。

(2006年8月24日 青山劇場)