佐多達枝バレエ公演『庭園〜the summer garden』

凄い作品に出会ってしまった。

佐多達枝の『庭園』である。公演終了後、数日、虚脱状態というか、打ちのめされるくらいの衝撃だ。本年度ベスト1は確定、といっていい。世界的にみても極めてハイレベルだといえるのではないか。
佐多は大ベテラン。新国立劇場が上演した『踊れ、喜べ、汝幸いなる魂よ』、合唱舞踊劇『カルミナ・ブラーナ』などで知られる。功なり名を遂げた人に思われるが、もっともっと注目されていい。というか、評価が低すぎる。『beach〜ナギサカラ』以降の作品は、舞踊によるエセーの試みだ。エセーといっても雑文だとか軽いタッチという意味ではない。個人の視点からみた人間・社会の考察という意味である。透徹した視線、強靭かつ自在な動きの創り方、たぐい稀な音楽性。いずれとっても傑出しており、未踏といっていい境地に達している。
十三景から構成される。舞台は鬱蒼たる蔦の垂れ下がった庭園。いくつも印象的な場面がある。「光合成」における静謐な、あまりに静謐なソロ。「埋葬」と題された景は、スコップで穴を掘り、男を埋めようとする女をめぐる、ゾッとするような話。「ロマンチスト」は女一人男二人の典型的な三角関係だが生々しい。「湖水」という景では、壊れゆく家庭のありさまが描き出される。不気味な虫たちが地の底から現れ、うごめくシーケンスも…。一つ一つの場面が緻密かつ異なる質感を持ち、リンクする。生きとしいけるものの流転を容赦なく、しかし声高にならずに描き出した。
哲学性の高さというと、ベジャールやノイマイヤーを想起するが、彼らのように(ひとくくりにできないが)壮大でコスモロジカルな世界観とは違う。あくまで個人の実感からスタートしているのが佐多の特徴。動きに関しても、基本はバレエなのだが、ちょっと観たことのない動き、空間の創り方がある(企業機密なので書かないが)。音楽も、「アメリ」の映画音楽はさておいてアンゲロプロス映画の音楽で知られるエレニ・カレインドルーの曲を用い、荘厳な雰囲気を出している。安易にペルトなど使わないのはさすがである。
今回はとくに照明が傑出していた。足立恒はいつもいい仕事をする。先日みたKバレエの『ジゼル』第ニ幕のあかりなども独創的だが、それは、今回のための実験だったのでは?と勘ぐりたくなるくらい。日本のバレエでここまで独創的かつ綿密なプランが立てられた(と思われる)ものはそうそうお目にかかれない。

ダンサーも柳瀬真澄、高部尚子、島田衣子、足川欣也、穴吹淳、石井竜一、後藤和雄ら超一流どころが揃った。

本年観たすべての舞踊作品のなかでもトップ。安易に比較できないが、キリアン、フォーサイスの新作もそれぞれ独自の境地に達しているし、ドゥアトの振付もよかったが、それらをはるかに上回る。日本には国際競争力を持つ振付家がいない、などとのたまわっている御仁は佐多をみたことがないのだろうか。少なくともそれなりに多くの舞台を観て、舞踊に関する知識もある人間で本作の凄さがわからないのであれば、理解に苦しむ。そういいきれるくらいの傑作だ。ただ、残念なのは、再演される可能性が少ないと思われること。なんとかならないものか。
(2006年9月27日 メルパルクホール)