赤江瀑と歌舞伎、そしてバレエ
- 作者: 赤江瀑
- 出版社/メーカー: 学習研究社
- 発売日: 2007/07
- メディア: 単行本
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赤江が初心者に提案するのは、歌舞伎に親しむためには「徒手空拳」で向き合うのが望ましいということ。なるほど、舞台を見て受けた感動が最初にあり、その後、より深く知りたいと思えば自ずと舞台を追いかけ書籍を紐解くようになる。鑑賞者としてのあるべき姿。いくら長年多くの舞台を観、通になっても常に新鮮な気持ちを持ち舞台から受けた感動を大切にしたいものである。
同書に興味深いエピソードが記されている。六世中村歌右衛門が畢生の当たり役とした『壇浦兜軍記』の阿古屋を坂東玉三郎に指導したこと。筝、三味線、胡弓の三曲をひきこなせなければならず難役、歌右衛門以外に手を出せないと思われていた。歌舞伎界にも様々な利害や因習があるだろう。また、己の芸を墓場まで持っていくのもひとつの道である。しかし、歌右衛門は玉三郎に芸の伝承を許した(歌舞伎座での再演をみたが素晴しい出来だった)。芸というものの持つ奥深さを感じさせる挿話である。
赤江瀑といえば絢爛たる文体を駆使した幻想小説の書き手としてしられるが、その作品の題材は多彩。歌舞伎はもちろん、能、陶芸、刀剣といった芸能や古美術などに加え、バレエも題材になっている。デビュー作『ニジンスキーの手』がそう。名作である。また、ジョルジュ・ドンが主演した『ニジンスキー・神の道化』の日本ツアー(1991年)のプログラムにも「魔法の祷り」と題する一文を寄せている。バレエにも造詣が深いのだ。
2002年春、ベジャール・バレエ・ローザンヌが来日した際、特別ガラにおいて『東京ジェスチャー』が世界初演された。モーリス・ベジャールが小林十市に振付けたこの作品は、稀代の名女形・歌右衛門の芸と生、小林の積み重ねてきたバレエ人生が合わせ鏡になり、また、歌舞伎とバレエという東西の文化が融和、蟲惑的な世界を生み出していた。渡辺保による名批評が「ダンスマガジン」誌に載ったが、赤江が舞台を観、その感想を述べたらどんなものだったろう。そんなことを夢想したこともあったと思いだす、暑い夏の日々である。