貞松・浜田バレエ団『白鳥の湖』

昨年は『白鳥の湖日本初演から60年を迎えたが、今年はライジンガー版による世界初演から130年目にあたる。関西の代表的バレエ団のひとつ貞松・浜田バレエ団ではそれを記念しての公演を行った。同団では1966年にバレエ団初演して以来『白鳥の湖』の上演を重ね、現在では、浜田蓉子・貞松正一郎の演出・振付によってカンパニーの代表的なレパートリーとして定着している。今回はアルカイックホールとの提携による特別公演(堤俊作指揮:関西バレエシアターオーケストラ演奏)。
貞松・浜田版最大の特徴は第四幕、『チャイコフスキー・パドドゥ』のアダージオで知られるフレーズを用いた、オデットと王子のパ・ド・ドゥ。王子の、愛するものを裏切ってしまった悔恨の情と、オデットの慟哭が痛いほどに伝わってくる。そして、白鳥の群舞がロットバルトを破滅させ、オデットと王子が愛の世界で永遠に結ばれる幕切れには、チャイコフスキーの原曲の持つ悲劇への親和性に増して「大いなる生命の讃歌」というベクトルが打ち出されている。第二幕、オデットと王子との心の交流を丁寧なマイムで描いている点も見逃せない。バレエ=舞踊劇としてドラマ性を重視するのもこの団の基本姿勢。第三幕にはブルメイステル版の影響がみられたが、総じてプティパ/イワノフ版に基づきつつチャイコフスキー原曲のよさをよく活かした舞台といえる。
オデットは瀬島五月。瀬島といえばナハリン作品など現代作品での力強いパフォーマンスの印象が強いが、オデットでは清楚、優雅な演技をみせた。動きの隅々にまで神経が行き届いている。繊細なパ・ド・ブレ、優美なライン、まろやかなポール・ド・ブラ…。音楽の流れに逆らわない踊りも瀬島の持ち味。そして、随所に役を楽しむ余裕が感じられた点が末頼もしい。今後踊り込めば、より独自のオデット像を確立していくだろう。オディールには若手の廣岡奈美。やや硬さも感じられたが開放感ある演技が光る。細かな目線での芝居もコケティッシュで魅力的。納得の抜擢に思えた。王子のアンドリュー・エルフィンストンは、ノーブルさに欠けるわけではないのだが、どことなくモラトリアム王子といった風情。その分、第四幕で真実の愛に目覚め、悔恨の思いに駆られるさまがくっきり浮かびあがってきて妙な説得力があった。
ロットバルト役・川村康二は快演。悪の使者の高笑いがきこえてくるかのよう。第一幕でのパ・ド・トロワ(上村未香、正木志保、貞松正一郎)はベテランが手堅くまとめた。第三幕のパ・ド・カトル(山口益加、竹中優花、弓場亮太、武藤天華)は踊れて表現力のある若手・中堅が揃う。ことに竹中の、軽やかでニュアンスに富んだ踊り、武藤のキレのいいテクニックに惹きつけられた。そして、惜しみない賞賛を贈りたいのが白鳥のコール・ド・バレエ。年少時からともに訓練を積んできた団員たちの息のあった群舞こそ、この夕べの真の主役といえるかもしれない。驚かされるのが、大方がここ2、3年ジュニアからあがってきたばかりのメンバー中心ということ。このカンパニーならではの、団員の層の厚さを改めて実感させられた。
(2007年9月22日 尼崎アルカイックホール)