ふたつの『白鳥の湖』に想う

先週末、東京・渋谷でふたつの『白鳥の湖』が上演されていた。ひとつは東京小牧バレエ団公演、もうひとつは熊川哲也Kバレエカンパニーのウィンターツアーである。
小牧の公演は昨年九月に逝去した小牧正英の追悼。上海バレエ・リュスの一員として活躍した小牧が戦後に帰国、古典や近代バレエの主要な作品を日本初演したことは、日本バレエ史に特筆される偉業である。今回は、1946年に日本初演され、ノラ・ケイやマーゴ・フォンティーンらも招聘し踊り継がれてきた小牧版『白鳥の湖』を久々に復活させるというもの。小牧バレエであらゆる作品で主役等を踊った佐々保樹が演出・振付を手掛けた。最大の特徴は二幕、王子の友人ベンノが王子とともにオディールを支える点だろう。このバレエの世界初演時、王子役のダンサーが老齢のためサポートしたのがはじまりである。コールド・バレエの振付の細部は現在の技術水準に合わせたものに変え、四幕は佐々独自の演出を施しているが、原典を重んじる小牧版の味わいをよく残していると往時を知る人はいう。日本バレエの原点を確認できる上演だった。
いっぽう、Kバレエの『白鳥の湖』は03年に初演され、朝日舞台芸術賞を得るなど熊川の古典新演出の代名詞といえる作品。再演のたびに細かな手直しがなされている。オペラのそれを思わせる豪華な舞台装置がなによりも話題。そして先行するさまざまの版を参考にしつつ、初見者にもわかりやすく物語に誘う狙いが見て取れる。オデット/オディールを別の踊り手が踊り、四幕には両者が出現、善と悪の対決を明快に伝える。熊川は英国ロイヤル・バレエ史上初の東洋人プリンシパルとして持て囃され、帰国後も時代の寵児扱いされていたが、その間にも、劇場人として幾多の演出家やスタッフたちの仕事ぶりを舞台の傍からみて勉強を重ねていたのだろう。百年一日の如く旧来の演出に胡坐をかいている団体も少なくないなか(博物館的に残すのも意義のあることであるが)、賛否あるが古典を新たな意匠で捉えなおす熊川版古典作品の登場により日本バレエが「演出」の時代に入りつつあるのは確かだ。
ふたつの『白鳥の湖』を創った小牧正英と熊川哲也――時代こそ違うが相似点がある。ともに海外で活躍したスターであり、帰国後バレエブームを巻き起こした。そして何よりもいい意味でともにアウトサイダーであることだ。アウトサイダーあってこそ時代が動き変わっていくことは、あらゆる歴史を通し証明されているのである。