舞踊生活60周年記念・横井茂バレエ・リサイタル

小牧バレエでソリストとして活躍、50年代から振付家として活動し、60、70年代はシェイクスピアものなど物語性の強い創作で芸術祭賞を毎年のように獲得、一世を風靡したのが横井茂だ。70年代以降は大阪芸術大学で舞踊専攻の指導を受け持ち、バレエ、モダンの優れた人材を輩出。その傍ら創作活動を続け、オペラの振付などにも参加している。今回、久々の、そしてキャリアの総決算ともなるリサイタルが催された。
ヘンデル曲にあわせた『限りなき白へ』はアブストラクトなバレエブラン。名花・島田衣子と並んで横井の教え子・関口純子の伸びやかな踊りに魅了された。シンプルな美しさが引き立つ一品。『夕映えに』はアイヒェンドルフの詩をモチーフに死を象徴する人物と四季をあらわす4人の女性舞踊手が踊る。下村由理恵、荒井千絵、大滝よう、吉本真由美が光彩に富んだ美しい舞台を織り上げた。ソプラノの佐々木典子の歌唱も相乗効果をもたらす。死の象徴の登場など時代がかった感もありやや古めかしくもあるが、往年の作家の抱き続ける文学青年気質と透徹した美意識の発露は興味深い。
会の眼目となったのが『トロイの木馬』。ベルリオーズの音楽を用いた、一時間強の上演時間を要する大作だ。ギリシャ神話の著名なエピソードを基にしているが、横井はそこにライブドア事件に想を得て現代からの視点を取り入れようとしたらしい。神話の寓意性と現代を交錯させる試みは興味深いが、オートバイにのった一群の登場や映像の使用等さまざまな要素を取り込んだもののやや混線気味。振付も振付補の堀内充、辻元早苗らが分担協力したのだろうがパートごとに少々一貫性を欠いた印象は残念ながら残った。とはいえ大ベテランの旺盛な創作欲には頭が下がる。
コンテンポラリー・ダンスの世界では、勅使川原三郎や大島早紀子、北村明子、金森穣ら国際水準のコンテンツが生まれているのに、バレエの創作ではまだまだ遠く及んでいない。唯一佐多達枝が主題の充実度、ムーヴメントの独創性、音楽性いずれとっても世界のトップ・オブ・トップに位置するが、これまでは島国根性のためか国内レベルでの評価に留まってきた。また、創作といっても物語バレエの系譜はさらに厳しい。日本人が西洋発祥のバレエという手法を使い、ことに西洋の物語をどう描くのかといった挑戦は難関だ(物語性のある作品の創造はバレエを広い観客層に普及させるために不可欠な作業である)。80年代に生まれた石井潤の秀作『泥棒詩人ヴィヨン』にはじまり、近年では今村博明・川口ゆり子の『タチヤーナ』、石井清子・中島伸欣の『真夏の夜の夢』、牧阿佐美の『椿姫』のような力作が生まれているのは喜ばしい。横井の仕事はそれらグランド・バレエ(石井作品は除く)とは異なるものであるが、物語バレエの育つ種を撒いたという点で日本バレエ史に記録されるだろう。戦後バレエに大きな足跡をのこした巨人の存在を再認識させられる一夕だった。
(2008年2月10日 新国立劇場中劇場)