新藤弘子著「踊る男たち」

バレエ評論家・新藤弘子さんの新著「踊る男たち」が刊行された。

踊る男たち―バレエのいまの魅惑のすべて

踊る男たち―バレエのいまの魅惑のすべて

ウラジーミル・マラーホフ、マニュエル・ルグリ、ファルフ・ルジマートフ、熊川哲也といったいまをときめくトップスターから、かって一世を風靡したジョルジュ・ドン、ルドルフ・ヌレエフミハイル・バリシニコフアントニオ・ガデス、さらには最近のマチュー・ガニオまでの27人の男性舞踊手の魅力を語ったダンサー論である。舞台の雰囲気や感動を品格ある文章でいきいきと伝えるレビューの名手として知られる著者らしい一冊。
2003年〜2005年にかけて「ダンスマガジン」に連載されたものをまとめたものだが“掲載当時の臨場感を優先させる”ために捕捉等はあまり加えられていない。同誌上で新藤さんに続いて連載された鈴木晶氏の「バレリーナの肖像」のほうが一足先に出されているが、ともに世界的にも珍しいダンサー論の刊行であろう。
1980年代、ジョルジュ・ドンの踊る『ボレロ』によって(というよりもクロード・ルルーシュ監督の映画「愛と哀しみのボレロ」でドンの踊る姿によってか)バレエに目覚めたファンは少なくなく、のちにバレエ評論家になられた方も何人もいられると聞いている。新藤さんもその例に漏れないようだ。80年代以降、現在に至るまでは「男性舞踊手の時代」と目され、数多くのスターが活躍してきた。彼らの華麗なる活躍の軌跡を、同時代に生き、名舞台の数々に接してきた著者が語るだけに説得力がある。
一読して思うのは、80年代から今日に至るまでは女性も含めスターに恵まれた幸運な時代だった、ということ。「踊る男たち」に登場する男性ダンサーのなかでもキャリアの後期に入った人や首藤康之アダム・クーパーのように演劇やマイムといったフィールドにおいて活躍しバレエシーンのメーンからは撤退している人もいる。強烈なスター性を持った若手はあまり出てきていない。プリマに関してもアナニアシヴィリ、フェリ、ギエムに続くような世界的スターが払底気味、もはやスターの魅力だけでバレエの舞台を追うことは敵わないような時代になるのかもしれない。しかし、やはりスターダンサーの放つ、光彩に富んだオーラは捨てがたい。スターとはつくるものでなく生まれるものといわれる。それを育てるのは観客の務めでもあろう。新藤さんの文章にはダンサーへの限りない共感と尊敬の念があふれている。バレエファンの鑑。見習いたいものだ。