今年はジゼル・イヤー

イギリス・ロンドンでは、この4月、同時期にロイヤル・バレエとアメリカン・バレエ・シアターが『白鳥の湖』を上演することが話題になっているようですね。でも、日本の場合、ことに首都圏ではそういったケースは珍しくありません。日程がバッティングするのは狭いパイを食い合うためできれば避けたいところ。しかし、多くの団体が独自のポリシーを持って活動している現状においては仕方ないでしょう。年末の風物詩『くるみ割り人形』やドル箱・安全牌の『白鳥の湖』以外に年間を通して特定の演目が期せず続けて上演されることも珍しくありません。今年は『ジゼル』がそれに当るでしょう。
5月に熊川哲也Kバレエカンパニーが熊川と久々のヴィヴィアナ・デュランテ主演ほかのキャストで上演するのを皮切りに在京の大手、中堅団体の上演が続きます。6月には東京バレエ団がアルブレヒト役にシュツッガルト・バレエからフリーデマン・フォーゲルを招き吉岡美佳と上野水香がジゼル役を競演します。名花・吉岡の繊細で叙情性にあふれた演技も楽しみですが、昨秋、卓越した技術とピュアな演技によって衝撃的な“ジゼル・デビュー”を果たした上野の再登場は見逃せないでしょう。同時期には八王子を拠点に23区内の大劇場や山梨県清里等でも精力的に活動するバレエシャンブルウエストが地元で公演を行います。主宰者の今村博明、川口ゆり子が早くから後進のダンサーを育ててきたことこそ、このカンパニー躍進の原動力。今回も川口とジゼル役を競演する吉本真由美のほか橋本尚美や山本帆介ら川口・今村が手塩にかけ育てた逸材の活躍が楽しみです。7月には名門・牧阿佐美バレヱ団がなんと10年ぶりに再演するのが話題。改訂演出を総監督・三谷恭三が手がけ、ジゼル役はトリプルキャストが組まれています。橘秋子賞優秀賞、ニムラ舞踊賞、服部智恵子賞と舞踊賞を総なめにしているベテラン・田中祐子、新進気鋭の伊藤友季子と青山季可が満を持しての挑戦。どのキャストを観るか悩ましいところですね。10月には今年創立60周年を迎えた谷桃子バレエ団が2日間3回にわたって上演。創設者・谷桃子の踊ったジゼルの演技はもはや伝説となっています。若手に注目株も出てきているだけに伝統を引き継ぐ新鋭たちの舞台を楽しめそう。首都圏以外の大手では9月に兵庫の貞松・浜田バレエ団が上演します。オハッド・ナハリン、森優貴らのコンテンポラリーに挑み画期的な成果を挙げているカンパニーですが、古典作品における精緻で説得力のある舞台にも定評があります。ロマンティック・バレエの名作を主催公演で取り上げるのは久々となりますが期待できるでしょう。そのほか、京都の有馬龍子バレエ団が8月に滋賀・びわ湖ホールにてカール・パケットやミカエル・ドナールらパリ・オペラ座バレエから豪華キャストを招いて公演するようです。遠方から駆けつける“パリオペ・ファン”も少なくないのでは。
首都圏を中心にバレエ団が林立する現状に対し否定的意見も聞かれます。しかし、さまざまのレパートリーを定期的に鑑賞できる日本の観客は幸運。『ジゼル』や『白鳥の湖』でもそれぞれ異なった演出を楽しめ、さまざまのダンサーの演技を見比べられるのは得難いといえます。DVD等映像ソフトも多数手に入る現在ですが、やはりナマの上演に接するのが一番。きびしい不況やあまりいいニュースの聞こえてこない世相ではありますが、だからこそ劇場で命の洗濯をして、明日への活力を養いたいものです。