女性振付家の時代?

新年度がはじまりました。今年のダンスシーンを楽しむポイントのひとつとして注目したいのが女性振付家の活動です。近年、女性振付家の活躍には目覚しいものがあると感じていました。実際、専門筋のあいだでもそういった声は少なからず耳にします。ここではバレエ系を中心に、私見ではありますが比較的コンスタントに新作上演または再演を行い、かつ今後も活躍が期待できる振付家の名をあげておきたいと思います。
わが国ではバレエといえばどうしてもチャイコフスキー三大バレエとういうことになってしまい、創作バレエの動員は極めて厳しいものがあります。そんななか50余年にわたって創作バレエ一筋に邁進してきたのが佐多達枝です。長いスパンで活躍、しかも時代ごとに代表作を持つ超人といえます。毎年続けてきた個人リサイタルは打ち止めとのことですが、本年も芸術監督を務めるO.F.Cにおいて合唱舞踊劇『ヨハネ受難曲』を発表します。主題の深さ、振付の独創性、演出力の高さいずれとっても抜きん出た存在といえます。受賞歴等をみると功なり名を遂げているように思われますが、世界の一線に比類するという声がちらほら聞こえるようになったのは比較的近年になってから。佐多作品がレパートリーとして上演され残されていくこと、海外上演が切に望まれます。
創作バレエをめぐる状況が今以上に(恐らく)厳しい時代から積極的に振付を行ってきたベテランは他にもいます。松崎すみ子小川亜矢子の息の長い活動は忘れてはなりません。松崎には『旅芸人』『オンディーヌ』、小川には『火』『アマデウス』といった名作と評される創作があります。そして、大手の団の主宰者/トップを務めつつ振付家として質量ともに優れた成果を挙げてきた大家もいます。牧阿佐美バレヱ団を主宰、現在、新国立劇場舞踊芸術監督を務める牧阿佐美は、『ラ・バヤデール』『ライモンダ』『白鳥の湖』の改訂演出を経て、近年、新国立劇場バレエ団に『牧阿佐美の椿姫』を振付けました。西洋発祥のバレエ技法を駆使し日本人の感性に訴える悲恋劇を創造、大バレエ団の上演するに相応しいレパートリーとして踊りの見せ場も豊富にまとめあげています。東京シティ・バレエ団の創設メンバーのひとりであり、この3月まで理事長の職にあった石井清子は、どんな音楽であっても曲調を損なわずに、淀みなく振りを紡ぎだす卓越した腕前を持ちます。近作では『剣の舞』などが高評を得ました。
その下の世代では、バレエ団芸術座の深沢和子、べラームステージクリエイトを主宰する多胡寿伯子らがいます。深沢には『王女マルガリータ』、多胡には『The Scarlet Letter A〜緋文字』という代表作があります。夫君の今村博明とバレエシャンブルウエストを主宰する川口ゆり子も今村と共同で多数の創作を発表。ことにドラマティックバレエの大作『タチヤーナ』、和の創作『時雨西行』は出色の仕上がりです。1980年代以降創作バレエの旗手として注目を浴びた後藤早知子も忘れられません。『光ほのかに〜アンネの日記』『ヘレン〜心の光』など文芸バレエ中心に寡作ながら活動を続けています。そして関西や中部でも活動する女性バレエ振付家はいます。名古屋で活動する川口節子は異才です。創作歴は長く『イエルマ』『奇跡の人』『HEAVEN』といった傑作を発表。発想の新鮮さ、動きで語るドラマの豊饒さにおいて常に刺激的な創作を行っています。関西では国際バレエコンクールのコンテンポラリー振付で著名となった矢上恵子が熱狂的な支持を集めています。代表作に『Daia』など。アグレッシブな作舞が特徴で、激しい動きから立ち昇る官能性に惹かれるファンも少なくないようです。
若い世代にも注目株が出てきています。キミホ・ハルバートは小品中心にパ・ド・ドゥの造形の上手さに定評ある作家です。近作の『White Fields』では2時間の長丁場をセンスよくまとめる構成力を発揮、若手振付家の一線に躍り出た感があります。日本を代表するプリマ下村由理恵はいくつかのシンフォニック・バレエを発表。音感の良さ、群舞配置の妙と天才的な手腕を発揮しています。谷桃子バレエ団の名プリマ高部尚子も昨年から創作を始め注目されています。谷バレエ団では近年「クリエイティブ・パフォーマンス」を開催、なかでも日原永美子『タンゴジブル』は高い評価を受けました。谷バレエ団を経てフリーで活動する前田新奈に注目する関係者もいます。キリアンの下で踊ったのち帰国、横浜の本牧にスタジオを構える中村恩恵はキャリア実績十分、NoismのほかNBAバレエ団、関西の野間バレエ団にも作品を提供しています。中村と交流深く、前記した松崎すみ子の子女である松崎えりも内外で創作を続け、昨年行われたカンパニーnoonの自主公演は話題になりました。同じく母の血を受け継いだということでいえば、これまた前記した名古屋の川口節子の子女太田一葉もニューヨーク仕込みの確かな作舞術とセンス溢れる舞台に将来性を感じさせます。金田和洋・こうの恭子の子女金田あゆ子も小スペース中心に活動、来年の日本バレエ協会「J・B・A ヤング・バレエ・フェスティバル」において作品発表が予定されています。
語り過ぎないよう端折って書きましたが多士済々の顔ぶれ。東京シティ・バレエ団、谷桃子バレエ団、バレエシャンブルウエスト、NBAバレエ団、貞松・浜田バレエ団等では団員中心に創作発表する場が設けられ、さらなる逸材の誕生が期待できそうです。観客としては、古典だけでなく創作を観ることによって、ダンサーたちの多彩な表情、バレエ芸術の奥行きを知ることができます。創作の灯を絶やすことなく創造が続けられることが重要。そして、国際水準へとレベルを上げていくことが望まれるところです。