村上春樹「1Q84」とヤナーチェク「シンフォニエッタ」

村上春樹最新書下ろし長編『1Q84』が文芸書としては空前のベストセラーになっているようですね。早速一読しましたが、近年村上が志向する「綜合小説」の試みを推し進めたと思われ、多様な価値観が入り乱れ織りなすスケールの大きな展開が特徴。春樹ワールドの入門編として適当かどうかは判断できませんが『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』『海辺のカフカ』等が好きな春樹ファンは楽しめるのでは。
ところで『1Q84』冒頭に登場、作中重要なキーワードになるもののひとつにチェコの作曲家レオシュ・ヤナーチェク(1854〜1928年)作曲「シンフォニエッタ」があります。主人公のひとりの若い女性《青豆》がタクシーのなかで耳にするのですが、ジョージ・セル指揮 クリーヴランド管弦楽団演奏という設定。同盤が小説同様バカ売れしているとか。
ヤナーチェクの「シンフォニエッタ」といえばクラシック音楽ファンには言わずと知れた名作でしょう。ヤナーチェクが最晩年の1926年、ソーコル体育協会体育祭のためのファンファーレ作曲の依頼を受け、それを元に大規模な管弦楽作品として完成させました。第1楽章冒頭の金管によるファンファーレは一度聞いたら耳から離れません。
また、この曲はバレエファンにもよく知られています。現代最高の振付家のひとりイリ・キリアンが1978年に同曲に振付ており、キリアンにとって出世作となっているからです。長らく芸術監督を務めたネザーランド・ダンス・シアターのほかにアメリカン・バレエ・シアター(ABT)等もレパートリーにしています。LD時代から映像ソフト化されており、最近ではABT来日公演でも上演されているため日本のバレエファンにもなじみ深い作品でしょう。生命賛歌をテーマにダンサーたちがめくるめくダンスを踊り継いでいきます。キリアンの初期作のため、クラシック・バレエの語彙を大きく逸脱していませんが、パ(ステップ)のつなげ方と音楽性に才気の光る、いまみても新鮮な佳作です。
話しをヤナーチェクに戻しますが、その魅力としてチェコモラヴィア地方の民俗音楽やチェコ語のリズム等を活かした土着色が指摘されます。ローカルなものがグローバルに受け入れられる、いや、ローカルに根ざしているからこそ普遍的に受け入れられるケースの見本といえるでしょう(世界的に大きく評価されたのは死後になりますが)。いっぽう、「シンフォニエッタ」を取り上げた村上春樹の小説は、ローカル色は極めて薄いといわれます。都市生活者の虚無的な心象を描いたものが多く日本の風土をあまり感じさせないため、“土も血も匂わない”“人工的”と村上作品を批判する日本の文芸評論家も少なくありません。しかし、『海辺のカフカ』や『ノルウェイの森』『ねじまき鳥クロニクル』『アフターダーク』といった著作が欧米だけでなく中国やロシアでもベストセラーになっているのは周知の事実。ヤナーチェク村上春樹。生きた時代もジャンルも違いますが、芸術作品の国際的受容のあり方を考えるうえで両者は興味深く思います。

バルトーク : 管弦楽のための協奏曲 / ヤナーチェク : シンフォニエッタ

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