上野水香の新境地

東京バレエ団のピエール・ラコット版『ラ・シルフィード』(1月19日 東京文化会館)のタイトル・ロールを踊った上野水香がすばらしい。こんなにアメージングでワンダフルな演技に接せられる体験は稀なもので、鑑賞者として感謝。観劇後、夢見るような気分がずっと続いています。まさかここまで感動するとは自分でも思っていなくて、かなり驚き。
「肩は引き気味に身体を前傾させる」といった、ロマンティック・バレエならではの所作もきっちりこなしつつ強靭なテクニックを巧みにコントロールして妖精らしい浮揚感を表現。そして、持ち前のプロポーションのよさを最大限に活かしてポーズの美しさが映える。新境地というよりも元来の資質が最良の形で反映されたというべきかも。ジェイムズ役のレオニード・サラファーノフとの息もぴったり。エフィー役を踊った西村真由美は元々踊りのうまさは際立ってはいましたが、上野の好演が相乗効果を生んだのか、彼女のポテンシャルをも最大限引き出したように思います。ラコット版ならではの「オンブル」と呼ばれるシルフィード、ジェイムズ、エフィーとのパ・ド・トロワも素晴らしいできばえ。見せ場ではあるけれども、ややもすれば情感たっぷり過ぎたり、妙にベトベト触れ合って人間臭さが出てしまったりする恐れもあるのに、そうは感じさせない。
もっとも、腰が安定しないのか上半身の動きがギクシャクして見える場があったり、アレグロになるとパが曖昧気味な箇所も。でも、瑕疵に過ぎない。このところ『ジゼル』のタイトル・ロール、『ラ・バヤデール』ニキヤと次々とさまざまの役柄に挑み、踊るたび、あらたな相貌を見せる上野は、やはり見逃せない存在。昨今、卒なく無難に上手く踊るプリマならばそれなりに出てきていますが、見るたびに新鮮な刺激を与えてくれる、マジックを感じさせる踊り手はそうはいません。また、自分が輝くだけでなく、バレエ団・アンサンブルを輝かせるというのも真の主役たる大切な資質だと思います。その点に関しても「東バの上野」といえる存在感が出てくるようになったのではないでしょうか。


上野水香―バレリーナ・スピリット

上野水香―バレリーナ・スピリット