五輪男子フィギュアスケート結果について思うこと

バンクーバー冬季五輪・フィギュアスケート男子の試合結果が波紋を呼んでいるのはご承知でしょう。2位に終わった前回トリノ五輪の覇者エフゲニー・プルシェンコ(ロシア)が審査基準に対して露骨に不満を述べています。優勝したエバン・ライサチェク(米国)は4回転ジャンプを入れない“クリーンな”演技で頂点へ。それに対してこういったのでした。“採点システムは変更されるべきだ。五輪王者が4回転ジャンプの跳び方を知らないならば、男子シングルではなくアイスダンスに名前を変えなくてはならない”。
フィギュアスポーツは芸術スポーツと呼ばれ、アスレチックな要素とアーティスティックな要素、両方が選手には求められます。かつては技術点と芸術点(各6点満点)というアバウトにも思える方式で採点されていましたが、新採点システムになってからはジャンプやスピンの精度に加え、技のつなぎや音楽性も具体的な数字として細かく採点されるようになりました。各要素をこなし、クリーンなジャンプを行えば高得点が出るいっぽう、男子では4回転、女子ではトリプル・アクセル(3回転半)や3回転の連続ジャンプといった高難度の技が避けられる傾向に。各要素をこなすことが第一となり、素直に滑る喜び・演じる喜びの伝わるパフォーマンスが少なくなった印象もなくはありません。
今回の男子フリースケーティングに関して言うと・・・プルシェンコは4回転にこだわるあまり、他の要素、たとえば技のつなぎ等がやや疎かに見えたのは否めません。トリプル・アクセルの軸等がぶれていたのは誰の目にも明らかでした。しかし、本調子でなくとも意地でも4回転を決めるという決意の現われか鬼気迫る演技。優勝したライサチェクは大きなミスはない充実した内容の滑りでしたが、慎重な安全運転だったともいえます。いっぽう、3位に入ったわが国の高橋大輔は冒頭の4回転ジャンプの失敗は悔やまれますがチャレンジングな精神は買える。そして、その後立て直し、得意のステップをはじめとして見せ場を作りました。リンクの観衆を大きく引き込み熱狂させていったのが映像を通してみても感じられるくらい。パッションあるスケーティングを見せました。いずれも一長一短の嫌いはあり、新採点システムという基準の評価として試合結果は妥当なのでしょう。が、見る人の評価・好みはまちまちでいいと思います。
プルシェンコの話に戻りますが、技術の進化がよりさらなる魅力的なパフォーマンスを生んできたのは間違いないでしょう。ジャンプやスピンの難度がどんどん上がることで芸術スポーツの花になりました。過去の歴史を振り返っても先端を行くスリルあってこそのフィギュアスケートといえる面も。それはアートに属するバレエでもそうでしょう。アラベスクにしても90度以上は上げてはいけないという不文律のあった時代もあるようですが、身体条件も発達した現在では、事情が異なってきます。美の概念は、変わる。『白鳥の湖』のグラン・アダージョでは高々と上がる脚が囚われの姫の孤独と悶えを痛いほどに表し、バランス技にしても『眠れる森の美女』のローズ・アダージョではスポーティといってもいいくらい強靭なバランスキープがなければもはや物足りないといわれるのも実際のところ。よくシルヴィ・ギエム以前/以後といわれますが、日本のバレエを見ても変化が。身体条件と運動神経に恵まれた上野水香中村祥子らアフター・ギエム世代がエッジな感性を発揮した演技を見せ、時代を担うようになってきました。
いずれにせよ、フィギュアスケートでもバレエでも共通するのは、美的な概念や観るものの価値観の変化に技術の進化は欠かせないという面があること。無論、技術がすべてではなく、古典的・スタンダードな価値観・表現のすばらしさは認められるべき。そのうえで、技術の革新・進歩がもたらす新次元に今後とも期待したいところです。


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