松岡伶子バレエ団「アトリエ公演」の意義と成果

名古屋の松岡伶子バレエ団は、愛知・三重・岐阜の3県に30箇所の教室を持つ、日本でも有数の規模を誇るバレエ団体。今年で創立58年を迎え、内外で活躍する踊り手を多数輩出している。ジュニア育成に定評あるだけでなく、20歳前後の、まさにバレリーナとして飛躍するには重要な時期の踊り手もしっかり育てているのが特筆される。
松岡バレエでは、全幕物を上演している秋の本公演のほか夏に中規模のホールで「アトリエ公演」を催している。かつては「新人公演」と名付けられていた中高生のジュニアから準団員・若手団員が主に出演する勉強の場だ。この公演に接すると、ジュニアからシニアの踊り手へといかに成長していくかの過程が見える。技術はもちろんのこと表現力を身につけるに際しても丁寧な指導が行われていることが如実にわかる。
今年も例年通り3部構成。1、2部では、『パキータ』よりマズルカ(ミストレス:木村麻実)、『ドリゴ組曲』(振付:松岡璃映)、『オルゴール』(振付:大寺資二)が上演され、その間に若手団員が研を競う古典のグラン・パ・ド・ドゥが3曲(津田知沙&中弥智博『サタネラ』、佐々部佳代&市橋万樹『ドン・キホーテ』、早矢仕友香&碓氷悠太『白鳥の湖』第三幕)。『パキータ』『ドリゴ組曲』では、それぞれ出演者の年代は異なるが、音感を養い、多彩なフォーメーションを踊りこなせるようにとの配慮が感じられる。『オルゴール』では、物語のあるなかでの演技の大切さを若い踊り手が肌で実感できるようにとの意図が見て取れた。内容もバラエティに富み、観客を飽かせない工夫も感じられる。
第3部は「アトリエ公演」の眼目のひとつの創作作品。毎年わが国の気鋭振付家を招聘して現代作品を踊る機会を設けている。古典の王道をしっかり学ばせつつ、それとは違った体使いや表現力の求められる振付を身に着けられるようにとの狙いがあろう。今年はカナダのトロント・ダンス・シアターで活躍する井上勇一郎を招聘した。弱冠34歳の井上は、兵庫・芦屋の波多野澄子バレエ研究所出身。ジョン・クランコ・バレエスクールを経て、ドイツ、カナダで踊っている。今回上演の3作『SYMPATHY』『Convergence』『Apartment』は、モダン・バレエ的なテイストであるが、動きの感覚やフォーメーションに研ぎ澄まされた感性が感じられた。振付をはじめて5年ほど、小品中心でまだキャリアは浅いが、随所に光るものがあって、将来を嘱望される。ことに若手団員クラス中心に踊られた『Apartment』は力作。トロントを拠点に世界的に活躍する作曲家サラ・シュガーマンの音楽が新鮮で、出演者も集中力を切らさず踊り切る。密度の濃い仕上がりだった。かつて海外で学び帰国して間もない異才・島崎徹に初めて本格的な創作の場を提供したのが松岡バレエだったというのは知る人ぞ知るエピソードである。井上にとっても振付家としての大きな一歩を刻んだ記念すべき場となることを願いたい。
日本のバレエといっても、在京大手の活動や海外の著名振付家作品の移植に注目が集まる傾向にある。バレエという芸術は、まず踊り手ありき。長い時間をかけて育まれる。創作に関しても、一朝一夕にはいかない。じっくり種をまき、水をやって育ててこそ花開く。松岡バレエは、内外で広く活躍する人材を育てており、日本のバレエの底を上げる着実な成果を上げている。ことに「アトリエ公演」は得難い試みといえるだろう。
(7月19日 中京大学文化市民会館プルニエホール)